過去のことは、何もわからない。
 だけど・・・一つだけ覚えてることがあるんだ。

 これは、誰も知らない・・・お登勢さんと私のお話。





誰も知らない物語





 私が育ったのは、何処か分からないところ。
 だけど、地球のどこかだったんだろ思う。
 お父さんとお母さんが変わった名前で呼び合ってた。
 そして、そこで聞こえたのが『 』・・・私の名前。
『お前はだ。
 そう聞こえた気がする・・・なぜかそれだけ鮮明に覚えていた。


 そこから・・・私の記憶はない。


 次に私が覚えてるのは、何処かお墓の前だった。
 なぜか此処で私は泣いていたのを覚えている。
「何だィ。旦那の墓になんか用でもあんのかィ?」
 ふと声を掛けられ、私は顔を上げる。

 そこには、私の前のお墓にお参りに来ていたおばさんがいた。

「・・・ごめんなさい」
「いいってことよ」
 退けると、オバサンはお墓にお団子を置いた。
「・・・ワケアリってか」
「へ・・・?」

 優しい表情で私のほうを見る。
 私も自分の身なりを見た。・・・驚いた。
 着物が真っ赤になるほど血まみれになっていた。
 唯一つの所持品は・・・胡蝶族の証である大きな扇子。
 なぜ私が胡蝶族だという種族なのか・・・それはわからないけど、直感でわかった。

「・・・来な。服ぐらいは用意できるだろ」
「・・・・・・でも・・・」
「つべこべ言わずに言うとおりにしときな」


 そうだ。
 迷ったけど、私は付いていったんだ。
 何でだろう・・・この人は安心できる。そう思ったんだ。


『スナックお登勢』というところに連れてきてもらった私は、そのおばさんの着物を借りた。
 その人の名前は寺田綾乃って言うんだって。
 だけど・・・普段はお登勢さんって言うんだって。

「・・・ありがとうございます」
 それだけ言って、私は立ち去ろうと思った。
 何でかわかんないけど・・・この人は安心できるけど・・・私のせいで何かあったら困る。
 だけど・・・お登勢さんは全てわかってたんだろうね。

「あんた、行く当てあんのかい」
「へ?」
「行く当てないんなら、2階空いてるから使いな」
「え・・・でも・・・」


 お登勢さんは、怖そうな表情から一変、微笑んで言った。

「私もね、いつまでも空いてたら困るんでな。そのかわり、家賃は貰うよ」

 ・・・住みたい。
 初めて私の意志が働いたような気がした。

「・・・いいんですか?私、お仕事もないし、ご迷惑もかけるかもしれません・・・」
「なァに心配してんだい!!苦にはならないよ」

 ・・・・・・決めた。
 私はそこに住むことに決めた瞬間だった。
 今思えば、それほどお登勢さんが信頼できたんだろうね・・・。


 そこから、記憶は残ってる。
 あの前に何があって、血だらけでいたのかは解らない。

 でもね・・・私はこれでよかったと思う!!



 ある日・・・私が小説書きに目覚めたとき。
 お登勢さんについて、旦那さんのお墓参りに行ったとき、銀ちゃんと出会ったんだよね。

 そのときの私は銀ちゃんを自分と重ねちゃって、ついついお登勢さんにお願いしちゃったんだよね。

「2階で一緒に住んでいい!だからお登勢さん・・・この人助けてあげても良いでしょ?」
 お登勢さんも私と同じく残像を重ねたのか

「・・・仕方ないねェ」

 なんていいながら微笑んだ。





 私が育ったのは、何処か分からないところ。
 それから記憶もなく、ただ泣いていた。

 そこでお登勢さんと会った。




 これは、銀ちゃんも新八くんも神楽ちゃんも知らない。

 お登勢さんと私の、誰も知らないお話。