わざと叫んだ。
 車の音は、私の声を見事に消した。






伝わらない言葉






 買い物帰りの街中で、偶然志摩くんの姿を見つけた。
 彼も丁度買い物中だったのか、荷物を持って一人歩いていた。
 え、嘘、どうしよう。声を掛けたほうがいいのかな。

 とか自問してるけど、結局一緒に居たいのは変わらないから。
 私は声を掛けようと自分自身で納得してしまった。


 ただ、問題なのは私と彼の距離。
 歩いてる方向は一応同じだけど、車道を跨いでいるわけで。
 横断歩道は数メートル先となったら・・・どうしよう、渡るべき?それとも待つべき?

 そう悩んでる間も、一人気付いてない志摩くんは歩き進む。
 車道を横切ろうにも車が通って中々渡れない。

 素直に待とうか。
 そう諦めが付いたけど、ふと、ある考えが浮かんだ。

「叫んでみようかな」



 車道の左右を見てみる。
 大型の車が数台通ると、少しの間静寂が訪れた。
 もう先の方から何台も来てるけど、今なら叫んだら聞こえるかもしれない。

 すうっと息を吸って、志摩くんの方を見る。
 もう大分近くまで車が来ていた。早く言わないと。


「おーい、志摩くん!」

 お腹の奥底から声を張ると、結構大きな声が出た。
 案の定、驚いたように志摩くんが首を向けた。そして私の存在に気付いたみたい。

じゃねーか!何やってんだ?」

 買い物、と叫ぼうとしたけど、私は別のことを叫んでいた。
 それは突発的に浮かんだもの。
 すぐに車が横切ることが解ってたから、あえて口にした。
 私なりの、足掻きだったのかもしれない。





「私、志摩くんが大好き――!!」





 間髪いれずに車が数台通った。
 大きな音で大部分が掻き消されたみたいで、志摩くんは小首を傾げている。
 私はと言うと、半分はすっきりしたけどもう半分は釈然としなかった。
 わざと叫んだものの、こうも完全に掻き消されたら悲しくもなる。

 でも、志摩くんのことだもん。
 聞こえてたら絶対この先目も合わせてくれなくなりそう。

 結局のところ、私は現状に満足しすぎて、その先にチャレンジできないのよね。



 向こうでは志摩くんが何か言い返してる。多分何を言ったのか聞き返したかったんだろうね。
 でも埒が飽かないと思ったらしく、足早に歩いて数メートル先の横断歩道を渡っていった。
 釣られて私も歩き出す。
 落ち合ったとき、疲れたのか息を荒くして手を膝にやっていた。


「何?」
「お前、さっき何て言ったんだ?」
 何て答えようかと考える。「志摩くんは何て聞こえた?」
「『私』と『い』と『き』くらいしか聞こえなかった」

 志摩くんはすっきりしない表情で首を傾げている。
 そういう謎は明確にしないと気が済まない人なんだなぁ、と改めて感心する。


 ふと、屋台の幟が目に入った。
 個人営業なのか、おじさんが一人で忙しなく鯛焼きを作る姿も見える。

「私はこう言ったのかも」
 人差し指を立てて、諭すように言った。
「『私、鯛焼き食べたい』ってね」


 本当は嘘っぱちだけど、今はこれのほうがいいかな。
 どうせ志摩くんは私に気なんてこれっぽっちも無いんだろうし、今のままで居たいとも思うから。
 でも私の気持ちはいつまで経っても変わらないんだろうなあ。寧ろ大きく大きくなってる。

 いつか、面と向かって言いたいと、心の奥底にしまいこんだ。




 それにしても、鯛焼き食べたいと口に出したら本当に食べたくなった。

「駄目?」と訊くと、志摩くんは納得したような顔になり、「賛成!」と笑顔になった。