名犬リコの悩みとは






 やぁっ!僕の名前はリコだよ。
 ゴールレトリバーの雄、2歳なんだ。
 え?女の子っぽい名前だって?
 イタリアでは“リコ”という名前は男性名なんだって!
 だからこの名前でいいんだよ。

 さて、僕がお世話になっているのは永倉家。
 実は、新撰組の永倉新八の末裔なんだって。(でも僕、新八さんは分からないんだ)
 そして、リビングのソファの上で僕を撫でながら本を読んでいる女の子。
 此処の家主で、僕のご主人様なんだ!
 僕は、一番大好きな永倉 ちゃんと、一人と一匹で暮らしなんだよっ!


「リコ、そろそろ散歩の時間だよね」
 ちゃんは僕の背中から手を離し、本をパタンと締めた。
「お散歩いこっか?」
「ワンッ!(うん、行く!)」
 こうやって、1日に2回・・・朝と夕方に僕はちゃんと散歩に行くんだ!!
 この時間が大好きなんだ!


 僕は聞き分けが良いからね。
 ちゃんの言うことは何だって聞くんだ。
 ほら、散歩中にもきちんと気を配ってるんだ。
 ちゃんが疲れないように、歩く歩幅をあわせるんだよ。

 他の犬達に笑われてもいいんだ。
 僕はちゃんが喜ぶ、その顔が見たいんだからね。

 そして今日も同じ道のりを行って、受かったのは大きな公園。
「さてと。じゃ、リコ。思いっきり走っておいで」
 ちゃんは優しいからいつもこの公園にくると首輪を外している。
 誰も襲いはしないよ、ちゃんが悲しむもんね。
 思いっきり楽しそうに走って、ちゃんを笑顔にするんだ。
 わざわざ遠いほうの公園までつれてきてくれたんだもん。走って喜ばすんだ!

 僕は基本的に好き嫌いはないんだ。
 ちゃんの友達の莉璃さんと飛鳥さんはもちろん、クラスメイトの人や、仕事関係の人。
 ちゃんは学校と「何でも屋」っていう仕事を両立してるから、友達が多いんだ。
 僕はちゃんの大切なお友達とも仲良くするんだよ。

 だけど・・・だけどだけど。

 一人だけ嫌いなやつが居るんだ。
 最初は追い掛け回したけど、眼中に入っていなかったんだ。
 そいつはちゃんの・・・僕だけのちゃんの笑顔を盗ったんだ!!
 だってちゃんはそいつの前では、明らかにいつも笑ってる。

 僕が嫌いなやつ・・・志摩 義経だ。
 小さくて、ちゃんといつもケンカしてるくせに、いつもちゃんの家に居るんだ。
 僕の邪魔をいつだってするんだ。


「あ、志摩くんだ。志摩くーん!!」
 その言葉を聞いた僕はちゃんの方を向く。
 だって、ちゃんがアイツの名前を呼んだんだもん。

「ん?!?何でこんなところにいるんだ?」
 アイツは振り返り、吃驚して叫んだ。

 やだなぁ・・・楽しそうに話してる。
 僕と散歩中なのに・・・ちゃんはアイツの前で笑ってる。
 やだなぁ・・・ムカつく。
 僕の足はちゃんたちのほうへ向かっていた。

「あ、リコ。もういいの?」
 ちゃんは僕に向かって微笑みかけてくれた。
 いつもなら絶対にしないけど、アイツにはしてやる。
 ガブッと 思い切りアイツの足を噛んでやった。
「い゛っ!!!」
「へ?あっ!!」
 アイツは痛かったのか、足を押さえてしゃがみこんだ。
「リコっ!?何したの!?」
 信じられないという顔で、僕を見る。


 僕より・・・、僕よりアイツをとるなんて!!
 ちゃんなんか嫌いだぁ〜!!!


 ダダダッと、僕は当てもなく走り出した。
「リコっ!?」
 ちゃんは、唖然としていた。
 だって、フツーなら僕はそんなことしないもん。

「・・・ど、どうしよう・・・!!」
「いってぇ・・・アイツ、思いっきり噛みやがった・・・?どうした??」
 アイツは何も分かってないけどね。



 僕はがむしゃらに走って、そこから家に帰った。
 帰ろうと思ったのは、夜遅くなってから。
 怒られるのは怖いけど、やっぱり僕はちゃんが好きだから。
 だから、ちゃんの傍にいない僕は、僕じゃないから。

「なぁ、闇雲に探してもみつかんねぇって!」
 その頃、ちゃんはまだ僕を探していた。
 でも、やっぱり見つからない。
「でも・・・・・さがさなきゃ、リコが・・・」

 立ち止まったちゃんは、下を向いてポロポロと涙を流し始めた。
「どうしよう・・・リコが帰ってこなかったら・・・」
 慰めるのは僕じゃなくてアイツなんだ。
。大丈夫だって」
「でも・・・私・・・リコがいなきゃ・・・」
 止めようとしてるけど、涙は止まらない。

「・・・ほら」
 抱きしめるのも、僕じゃない。
「ありがと・・・リコは・・・大事だから・・・」
 ちゃんはアイツの胸の中で泣いた。
 ムカつくけど・・・僕は知らない。

・・・家に帰ってみたらリコも帰ってるかもしれないだろ?」
「うん・・・・ありがと志摩くん・・・」
 ちゃんは一度家に帰る決断を下した。


 でも、悔しいけどアイツが言った通りなんだよ。


 丁度家の前に居た僕は、向こうからちゃんが来るのがわかった。
 まだ影は小さいけど、僕にはすぐ分かったよ。

「リコ・・・?リコだっ!!」
 ちゃんも分かったみたいで、大急ぎで僕の元に走ってきた。
「リコ!!よかった〜!!!」
 僕の体をぎゅっと抱きしめる。

 怒られなかった。
 こんなに心配されてたんだ。
 ごめんね、ちゃん。

「よかったな」
 アイツ・・・志摩さんは後ろで嬉しそうに微笑んでる。

 志摩さんにも悪いことしたなぁ。
 噛んだのは痛かっただろうなぁ。
 それより、こんな夜遅くまでちゃんに付き合ってくれたんだ。



 僕はこのとき、予感したんだ。
 あぁ、志摩さんとは永い付き合いになりそうかも。


「リコ?」
 僕はちゃんから離れ、
「お?」
 仕方ないけど、志摩さんの足・・・噛んだところを舐めてやった。
「・・・謝ってるんじゃないかな?ごめんねって」
「そうなのか?別にいいんだけどな」
 苦笑したけど、嬉しそう。

 仕方ない、ちゃんのためだしね。
 仲良くしてやるか。




 ・・・後日。
 やっぱりちゃんは志摩さんの前ではいつも嬉しそう。

 ムカ。

 ムカムカムカ・・・

 やっぱりムカつく。






 僕、志摩 義経は一番嫌い!!