「じゃあ明日12時、いつもの公園でな」
機械から聞こえる声。
志摩は、楽しそうに言った。
「うん、絶対行くね」
は微笑み、携帯を切る。
実は、明日はお祭りがある。
昼から駅の方であり、パレードが綺麗だと有名な祭りだ。
香は行けないらしく、二人で行くことになった。
が、は後に後悔する。
どうして絶対なんて言葉を使ってしまったのだろう。
翌日。
その日は雨が降り続いていた。
台風が近づいているせいか、土砂降りだった。
リコの散歩だけでも大変だったは、公園に行くことはあきらめた。
「志摩くんも来てないよね」
デスクトップのパソコンは消すのが大変になる。
そのため、はこんなときノートパソコンを使う。
「・・・万葉集?」
たまたま見たサイトでは、万葉集が載っていた。
とても綺麗な歌ばかりだ。
興味本位で覗いていただが、一つの短歌に目がいった。
あしひきの山のしづくに妹待つと 我れ立ち濡れぬ山のしづくに
・・・どういう意味だろう?
は、その下を読んだ。
「愛するあなたと約束したとおりに、わたしは待っていて、
木々から滴り落ちるしずくに、こんなに濡れてしまいましたよ。木々のしずくに」
雨の打つ音で、窓は途轍もない音が鳴っている。
はそんな窓を見た。
「・・・待っていたのに、どうして約束どおりに来なかったのですか?ってこと?」
なんか、引っかかる・・・
はそんな気持ちを引きつりながら、次の短歌を詠んでいった。
約束をした時間から3時間・・・台風は過ぎたみたいで徐々に雨が止んでいった。
「・・・リコ、散歩いこっか」
ふと、あの歌がよぎった。
まさか、待ってるわけないよね・・・
しかし、リコは行きたくないのか降りてこない。
「・・・もう、一人で行ってくる!」
はバスタオルを持って外に出て行った。
まさか・・・まさか・・・
歩いていたの足が、徐々に早まる。
公園に着いたとき、彼女は絶句した。
「う〜さびぃっ!!まだか〜アイツはっ!!」
「し、志摩くん!?」
やっぱり・・・
猪突猛進で真っ直ぐな志摩は、まだ待っていた。
「お、やっと来たか!!」
「やっと来たかじゃないよ・・・どうしてびしょびしょになってまで待ってるの!!」
蒼白な表情でが叫ぶ。
しかし志摩はきょとんとして。
「だって、約束しただろ?」
「だからってこんな日にお祭りなんかしないでしょ!?」
予感は的中。
は持っていたバスタオルで志摩の頭を乱暴に拭いた。
「もぉ〜・・・なに考えてるの・・・」
「お、わりぃな」
志摩は悪びれた様子もなく、されるがままにしていた。
「吾を待つと 君が濡れけむあしひきの山のしづくにならましものを」
ふと、呟いたのはさっき見ていた歌。
「んあ?なんて言ったんだ?」
バスタオルを受け取り、今度は自分で拭いていた志摩は問う。
「さぁね。自分で調べたら?」
はそう呟いて、志摩の手をふと握る。
こんなに冷たくなって・・・
「ほら、行くよ」
「何処にだよ?」
そのまま握った手を引いて、は一言、来た道へと歩き出した。
「私の家よ。風邪引いちゃう」
私を待ってそんなに濡れてしまったあなた
いっそのこと、私はあなたを濡らしたという、その山のしずくになれたらよかったのに
そうしたら、ずっといっしょにいられたのに
行けなくてごめんなさい
は、敢えて意味を教えなかった。
志摩はきっと、気付くことはないだろう。