香ちゃんが怪我をした。
 私のせいで。私を庇ったせいで。






パリフェリメント






 事の起こりは、御用だった。
 彼氏に暴力を振るわれているから、助けて欲しいという内容だったと思う。
 よろず屋の方だったし、志摩くんたちはやる気満々だったから言えなかったけど、私は乗り気じゃなかった。
 だって何か嫌な予感が過ぎったんだよね。

 案の定、依頼人の話を聞いてたときだった。
 聞いていた場所は彼女の家だったから、問題の彼氏が帰ってきたときにはもう遅かった。
 彼氏は私達三人が不都合な存在だと気付いたらしく、すぐに依頼人を見た。
「おい、てめえの仕業か!」
「ちょっと、話をするのに暴力は要らないんじゃない?」
 彼女に手を挙げようとしたのが逸早く見えた私は、その腕を棍で押さえた。
 その間に志摩くんは依頼人を誘導してる。逃がそうとしてるみたい。
 でも、私一人じゃ抑えきれないってば。
 そう言葉に出そうと振り向いたそのときだった。
 
「邪魔するんじゃねえよ!」
 私の力を振り払って、彼氏が素早く体勢を変えた。
 やばい殴られる!
 ぎゅっと目を瞑った私には見えなかった。


 誰かを殴る音が身近に聞こえた。
 でも、私じゃなかった。


「え?」
 目を開けると、目前に香ちゃんが映った。
「ちょっ、香ちゃん!?」
 もしかして庇ってくれた!?

 いてて、と言いながら起き上がった香ちゃんは、明らかに頬が腫れていた。
「大丈夫か?」
 と呼ばれて我に返る。
 振り向いて彼氏の行動を確認した。男は予想外のことにたじろいでいるみたいだった。
 今度は香ちゃんの方を見た。
「何で庇うの!?」
 突然のことに驚いたけど、私のせいで傷ついたのは明らかだった。
 でも香ちゃんはいつもみたいな笑顔を見せて、
「怪我をさせたら志摩さんが怒るからね」
 と言った。

 泣きそうになった。
 絶対嘘だもん。多分私が“女”だから、怪我させまいと思ったに違いない。

 彼氏の方から動く音が聞こえた。多分依頼人を追ったはず。
 落ちている棍を取って、無理やり笑みを作った。

「香ちゃんは此処に居て」
 反撃してくるから。

 返事も聞かず、振り返って地面を蹴った。





 家から飛び出すと、すぐに開けた場所に出る。
 そこで、志摩くんと依頼人、そして彼氏の姿を見つける。
 彼女を守るように志摩くんが立ってて、彼氏とは硬直状態みたい。
 私は問答無用で男の方に向かって走った。

!?」
 志摩くんの驚いた声を合図に、棍を振り上げる。
 彼氏が私の存在に気付いて受身を取ったけど、裏を掻くように振り上げた棍を横に向けた。
 そのまま、それを前方に持ってくる。
 速度も手伝って、棍は思いっきり男の鳩尾にめり込んだ。
「ぐあぁ!」
 男が悲鳴を上げながら、後ろに倒れこむ。
 それを確認するまでもなく、依頼人の前まで戻った。
 隣に並んだ志摩くんは私の殺気を敏感に察知してるみたい。固唾を呑んでる。

「志摩くん、ごめん」
「あ?」
「香ちゃんが怪我した」
 私のせい、と付け加えるのがすごく怖かった。

 彼が何か言う前に、棍を構える。
「ちょっと仕返ししてくる」
 男性恐怖症。そんなこと、今の私には関係なかった。
 彼氏をきっと睨み、弱さを全て振り払うように手に持った棍を一振りさせた。

 香ちゃんに怪我をさせた。
 私のせいと言うことが一番憎かった。どうして、と問いかけたかった。
 多分この現実を誰かにぶつけたかったのかもしれない。
 だから、私は全力で男と対峙してやる。固く決意した。

 その決意が志摩くんにもわかったのか、彼は驚いたような声を上げた。


「お前、そう言うところは香にそっくりだな」


 褒め言葉として受け取っておくわ。
 そう呟いて、再び走り出す。

 男がようやく起き上がり、すぐさま逆上したように手を挙げたのが見えた。
「てめえ、なにすんだよ!!」
 振り下ろした腕を避け、素早く棍を振り上げる。

 憎むべき相手はまさにこいつだ。
 全力を込めて、振り下ろした。



「香ちゃんに怪我させたな!!」



 棍が男の首に当たった衝撃が、全身に伝わった。
 男が痛そうにうずくまる。それを見逃さなかった。
 すぐに体勢を変えて、今度は背中へ当てた。まるでボールを打つように、正確に。

 あまりの痛みに、男が倒れこんだ。
 持ち手を変えて、素早く立てる。
 顔をこっちに向けてきたそいつは、恐怖で顔を引き攣らせた。
「お、おい、やめろ」
 男はこのあと私がどうするのか分かってるみたいだった。
 許しを請うように声を上げるけど、それが逆に腹立たしかった。

「うわあああっ!!」

 蔑む目を向け、その男の顔目掛けて、棍を勢いよく下ろした。

 でも、当てなかった。
 殺すわけにはいかない。癪だったけど、すんでのところで手を止めてやった。
 男は放心したように顔面蒼白のまま固まっている。
 本当はもっと痛めつけてやりたかったけど、と呟いて、私ははっきりとした声で言った。

「あなたが彼女に手を挙げた痛みは、こんなものじゃないんだから」





 私が離れると、依頼人が男の下へ走って行った。所詮は彼氏か、と呆れて物も言えない。
 けどそれどころじゃないから、踵を返して彼女の家の中へ入る。

「香ちゃん、大丈夫!?」
 と大声を出したけど、どうやら大丈夫みたい。

 志摩くんが逸早くそこにいて、香ちゃんの怪我を手当てしてた。
 駆け寄ると、優しい笑みのまま私の頭に手を乗せた。
「無事?」と、この期に及んで心配をしてくれるとは思わなかった。

「おれは相手の男の方が心配だ」
 志摩くんが笑った。私はむっとする。
「何でよ」
「お前、手加減を知らないからな」

 確かにそうかもしれない。
 言葉を詰めた私を見て、志摩くんは笑みを作った。
「ま、怪我が無くて良かったな」
 さっき香ちゃんがしてくれたように、私の頭をぽんぽんと叩いた。



 二人の様子を見ながら、心の奥から感じた。

 あぁ、彼らと一緒で良かった。




 有難うと呟いたけど、聞こえなかったのか、志摩くんが聞き返した。
 もちろん、二度目は言わなかったけどね。