待ちに待った日は突然現れた。
 志摩さんが笑顔で私のほうに近寄ってきてくれたから。
 本当に本当に、私はよかったと思ってしまった。

 この場所で耐えてよかった、そう思って仕方が無かった。






黒いネコと小さな愛






「よぉココ!元気してたか?」
 笑顔で言ってくれた志摩さんは少し怪訝な表情をする。

 今の私の姿は“みすぼらしい”の一言が似合っていた。
 尻尾は引っ張られ、ボサボサになっていたし、回りにはゴミが増えた気がする。
 そして水を引っ掛けられてゴミにまみれ、私の毛は汚くなっていた。

「お前、大変だな・・・」
 と悲しそうな表情を浮かべてくれた。
 でもそれよりなんで来なかったんだろう。
 そう言っても通じないから言わなかったけど、志摩さんは自分から言ってくれた。
「悪かったな。仕事がいっぱいあって来れなかったんだ」

 そう言って志摩さんは閃いた表情を作った。

「そうだ、おれの家に来るか!」
 ・・・え?
 きょとんとした私の心中を察したのか、彼は満面の笑顔をして続けた。
「ペットはダメなんだけど、一日くらい大丈夫だろ!風呂入って、明日の家に行くか」


 とても突発的だったけど、私にとっては願っても無い幸福だった。
 だってもう通る人から「不吉だ」と言われずに済むし、水を掛けられることはない。
 それに「ミャー」と呼ばれなくなるし、タバコで火傷することも無い。


 目を見開いたまま「にゃあ」と鳴いた。
 実際は「いいの?」と訊いたのだが、志摩さんは肯定の意味に取ったみたい。
 ひょいっと私を抱き上げ、いつも去っていった方向を歩く。

 いつもの私なら、人が大嫌いだったから抱き上げようものなら引っかきまくってやろうと思っていた。
 でも、初めて抱き上げられて初めてぬくもりが解る。
 少し赤くなったけど、黒い毛のおかげで志摩さんには気付かれなかったみたい。

 このときばかりは、私がネコでよかったなんて思ってしまった。





 こっそり部屋を入るとそこはまったく見慣れない景色だった。
 ベッドと言うものや、キッチンと言うもの、お風呂と言うものや、パソコンと言うもの。
 志摩さんが教えてくれたり、商店街を歩く人の話題で聞いていたからすぐに解った。
 それでも、私には初めてのことだった。

 細い粒がいっぱい吹き出るシャワーってものを浴びるのも初めて。
 温い雨が降ってるみたい。
 なんだか気持ちよくて、目を細めると志摩さんは笑っていた。

「こらココ!動くなってマジで!!」
 シャンプーも初めてで、泡でいっぱいになって少しパニックになって暴れたら少し怒られてしまった。



 それでも、楽しい。

 なんでだろう。

 私、志摩さんといるとすっごく楽しい。



 汚れを洗い流し、私は綺麗になった。
 それは嬉しいことだった。
 別に今までは身なりを気にしたことは無かったんだけど。
 それから私は、一緒にご飯を食べて一緒に寝た。
 志摩さんって本当に表情がコロコロ変わるんだもん、羨ましい。


 ・・・前にもこんなことあったっけ。

 確か何処かのネコにこんな感情を抱いたような・・・それを別の野良猫が何かの言葉で表していた。





 私はネコ、この人は人間。

 きっとこの感情がわかっても、この壁は越えられない。


 そう考えて、少し悲しくなった。