「あ、黒猫だ」
そう言った子供に対して、親は手を繋いで言った。
「だめよ、黒猫を見たら不吉になるんだから。触って余計不吉になったらどうするの?」
そんなこと無いだろうと思いつつも、私はその偏見にムッとした。
黒猫なんて生きてると何度も見るくせに。
何が『不吉』よ。
まったく、こんなネコに悪いジンクスを誰が考えたのだろう。
私のおうちは、相変わらず商店街の小さな本屋と冴えない八百屋の真ん中にある。
そして相変わらず毎日が一緒。
“野良猫”という仕事は大変だ。
本屋から出てきた人の殆どは、私を見下ろして嫌な顔をする。
別にいいんだけどね。
だって私はネコでそいつ等は人だし。
私の生活には支障は無い。
とことん睨み返してやるだけ。
そんな時、ただ一人違う表情をした人が現れた。
・・・・・・あ、あの人だ。
「お、まだ居たのか?」
相変わらずこの人も同じ笑顔をするなぁ。
そう思ったけど、私はもう一度会えて嬉しいみたい。
「そういや、お前名前あるのか?」
彼はきょとんとして訊いて来た。
“無い”って言おうとしたけど、どうせ伝わらない。
首を振ってやると、その人は「無いのか」と納得してくれた。
世の中には言葉以外にも表現方法があるから、便利だ。
男の人は何か思案しているような表情をしてる。
なんだか表情がコロコロと変わって・・・本当に犬みたい。
「そうだな・・・ココとかどうだ?」
ココ?
それって私の名前?
・・・変なの。
そう思ったけど、なぜか嬉しくなってしまった。
だって、子供たちがその場しのぎのためにつけたものじゃなくてあれだけ考えてくれたし。
何より、ココって名前が珍しいから。
「にゃぁーお」
私はココ。
通じないと思ったけど、私は言ってみた。
すると通じたのかその人は満面の笑顔で言った。
「気に入ったのか?お前ココア色の毛だから似合うだろ!」
・・・・・・・ココア色。
この不吉な毛の色を、そんな甘いものに変えてくれたのは初めてだった。
「おれは志摩 義経って言うんだ。よろしくな、ココ!」
ネコ相手になに自己紹介してるんだか。
それでも私は挨拶を返しておいた。
また来るからな、と言って志摩って人は立ち去った。
心を少し悲しい気分で染めていたとき、もう一回聴こえてくる。
「あ、黒猫だ」
「やだー、見ると一日不吉になるんだよ?」
「最悪だよマジで!」
今度は不自然なカップルがそう言いながら通り過ぎて行った。
でも私は誇らしげな顔を返す。
私の名前はココ。
ココア色の毛から付けられた、素敵な名前がある。