黒い毛のネコを見ると、その日一日が不吉になる。
 そんなジンクス、誰が決め付けたの?
 私はただ、生きているだけ。
 ・・・ただ、人間に憧れてるだけ。






黒いネコと小さな愛






 大きな時計台がある公園、その近くに商店街があるの知ってる?
 私のおうちはそこの小さな本屋と冴えない八百屋の真ん中にある。
 え?普通は無い?
 どうやら私は人間とは違うみたい。
“野良猫”って仕事をやってるんだ。

 今日もたくさんの人たちで溢れかえってる。
 近くの道路には同じくらいの車が通ってて、その音すら人たちの笑い声でかき消されている。
 今日も、同じ一日かと思うと少し憂鬱だなぁ。
 そんな私だって、いつも同じことを思ってるんだけどね。

 でも、今日は少し違うことが起きたんだ。
 それは・・・いつものように子供たちが私のところに来た後だった。


「あー、ミャーだ!」
 3人いる子供のうちの一人が叫んだ。
 私は振り返りもしない。
 勝手な名前をつけてんじゃないわよ。
 しかもミャーなんて私のタイプじゃないし。
 でも、何も反論もしない。
 だって通じないんだもん。

「ミャー!遊ぼうよ!」
 にゃあにゃあとネコの言葉を真似ながら、子供たちは笑う。
 それでも無視。だって、馬鹿みたいじゃない。
 私の反応を楽しみにしていた子供たちは、期待はずれだったのか、すぐに他の遊びを見つけて走っていった。

 そこではじめて、一言。
「にゃぁ〜・・・」
 他の野良猫たちが聴いていたら、納得する言葉だった。
 はぁ〜・・・
 私はそれだけ言ってもう一度顔を伏せた。



 そんなとき、誰かの足音が聴こえた。
 ネコって意外と耳が良いんだって。
 確かに納得できる。
 だって現に私は数メートル前の足音を聞き分けてたんだから。

「・・・お?」
 上のほうでふと聞こえた声。
 それは男の人のようで、少し高めの声だった。

 なに?また子供たちが帰ってきたの?
 私が鬱陶しそうに顔を上げたのに気付いたのか、彼は人懐っこい笑みを浮かべて言った。
「お前美人な顔してるな!」
 何言ってるの?この人。
 私は首を傾げてみたが、目の前の男の人は笑顔のまましゃがみこんだ。

「お前、野良猫なのか?ほら、これやるよ」

 ガサガサと音を立てて、持っていたビニール袋からタッパを取り出した。
 それを開けて中から出したのは、鳥のから揚げ。

が作ったもんだから絶対うめーぞ!」

 まるで犬のような笑顔を浮かべ、それをひとつ分けてくれた。

「にゃあ・・・」
 私、鶏肉は食べたことがない。
 一応そう言ったけど、どうせ通じてないだろう。
 期待感でいっぱいの目を受けて、たまらず一口食べてみた。



 ・・・・・・・・・・あ。
 思わず、目を見開いてしまった。
 ・・・美味しい。

「うめーか?よかったな」
 そう微笑んで私の頭を撫で、立ち上がってバイバイしながら去っていった。


 なんなの、あの人?
 そう思ったけど、笑顔が何度も浮かぶ。


 なんて名前だったんだろう。
 また、会えるかな。
 でも、会ってどうするのだろう。




 私はこのとき、初めて人間になりたいと思った。

 初めて人間に憧れてしまった。