いつもと同じの街角だけど、私はニコニコ顔で歩いていた。
コツ、コツ、コツ、と歩くたびに凛々しい音が鳴り響く。
とても綺麗な装飾がついた、可愛らしいターコイズブルーのサンダル。
実はこれ、つい最近に新しく買った靴なのよね。
この靴を履いて出かけるのは初めてだから、ついつい顔がにやけてしまう。
志摩くんが待つ虹が丘公園まで、私は顔を緩めて歩き続けた。
といっても、これから行うことは遊びでもデートでもない。
御用・・・なんだよね。
香ちゃんは夏休みで一層お仕事が忙しくて、は今日は大阪に帰省してるみたい。
そういえばって、一人でこっちの方へやってきたんだって。
イメージできなかった分、少し驚いてしまった。
「御用だって言うのに、こんな格好で来てしまったなぁ・・・」
私の格好は、よろず屋や永倉屋とはまるで結びつかないもの。
靴に合う格好を追求したところ、ふわっとした印象のフレアスカートが似合うことが解った。
だからそのスカートの上に涼しいキャミソール、靴と同色のチェーンベルトという格好になった。
・・・こんな格好で棍を振ることが出来るのかなぁ。
ちょっと不安だったりして。
「やー志摩くん、こんにちわー!!」
私の言葉に振り向いた志摩くんは、一瞬凍りついたのがわかった。
「・・・お、お前なんだその格好!?」
「まぁ確かに御用向きじゃないけど、別に良いじゃない」
思った以上に反応が悪かった。
これでも志摩くんのために考えたのにな。
それでも今更何も言えず、志摩くんはため息を吐いて言った。
「・・・おれはしらねーぞ」
「え?」
「こっちの話」
志摩くんはそう呟き、歩き始めた。
知らないって・・・何が?
そういえばどんな御用なんだろう。
なんて思ったけど、とりあえず着いていくことで納得してしまった。
「・・・なっ゛!?」
思わず私は顔を歪めてしまった。
目の前には依頼人の家、そして玄関で言われた言葉は御用の内容。
「よろず屋東海道本舗さんには、うちの犬を捕まえて欲しいんです!」
「・・・い、犬!?」
志摩くん、私はたった今御用の内容を訊いたんけけど。
案の定、隣でやっぱりと言いたげな志摩くんの表情が見えた。
・・・言ってよぉ!!だったら履きなれもしない靴よりも走りやすいローラーブレード履いてくるのに!!!
後悔の念を飛ばしても、ちっともわかりゃしない。
私の負け・・・仕方なく、ため息をついてしまった。
依頼人の家を出て、両手に広がる道を交互に見る。
逃げた犬を捕まえるって・・・どうやって?
「ねぇ志摩くん、その子は何処に居るの?」
私の言葉に志摩くんはニッと笑い、自慢げに言った。
「近所の河川敷に居るらしいぞ。もっとも、見つけても捕まえられないらしいけどな」
・・・自慢げに言わなくても。
少し解せない表情をしたのは志摩くんには内緒だけどね。
私たちは彼が言った“河川敷”へ行ってみることにした。
河川敷へ降りる道はとても急でキツイ。
さらに今日履いたばかりの靴だと、足が痛くなるわけだけど・・・そんなこと言える訳がない。
私はぎゅっと拳を握り、我慢をして急な階段を下りていった。
「・・・居たぞ、」
志摩くんの嬉しそうな表情が見えた。
同じ方向を見ると解る。河川を跨ぐ巨大な橋の下に、しかも端のほうに犬が伏せている。
少し汚れてるなぁ・・・どれくらい家に帰ってないんだろう。
「飼い主の話だと、足が速くて捕まらないらしいぞ」
気をつけろ、と言いたいみたい。
私はかばんから棍を取り出し、三節を組み立てた。
靴を脱ぎたいという思いは一度捨てられ、今は御用遂行の四文字が浮かぶ。
「じゃあ全力を出して止めてあげなくちゃね」
志摩くんが走り出すと、犬は気付いたみたいでバッと立ち上がり、こっちへ向かって走り出した。
あまりにも早く、志摩くんをあっという間に追い越してしまう。
でもこれは推定の範囲内。
私はクルッと棍を回し、待ち構える。
「・・・えっ!!」
よ、予想以上に犬の足が速い!
私を風のように超えたかと思うと、河川敷の向こうへと駆けていった。
「・・・さすが大型犬」
リコほどの大きさをする犬は、やっぱり速い。
あのリコだって本気を出せばとても速く走ることが出来る。・・・棍を当てて塞ぐことは出来なかった。
向こうで志摩くんが振り返るのがわかる。
「あーもう!!」
踵を返し、私は犬を追って走り出した。
ダダダダッ・・・と、全力疾走を続けてもう20分は過ぎようとしてる。
いい加減足が痛い!!!
私は限界をとうに超していた。
「は、速ぇなあの犬・・・」
「本当・・・どういう教育を、受けてるのかしら・・・」
志摩くんと共にバテて、河川敷ど真ん中でゼェゼェ言ってる。
足を見ると、真っ赤になっていた。
皮が剥けていたり、まめが出来ていたり・・・まぁ走り回ったから当然よね。
志摩くんは再び走り始めたけど、私は歩くこともしなかった。
もう本当に歩けないくらい痛い。
これで決めてやる・・・私はギュッと棍を握った。
この際、犬に少しくらい怪我があってもいいよね。
私の思考はこのときすでにショートしてるのがわかったけど、敢えて他の事は考えなかった。
志摩くんに追われ、再び犬はこっちに走ってきた。
速さはもう何度も遭遇して解っている。
私は適度な位置に犬が来たとき、棍を振り上げた。
そして思いっきり棍を振り下ろしたとき、丁度犬は私の斜め前くらいにいたのだった。
「キャウンッッ!!!!」
足を棍で引っ掛け、取られた犬は前のめりになって河川敷をズザザザーッと滑ってしまった。
「とりゃあっ!!!」
棍を上に乗せ、体重をかけると犬は観念したのかおとなしくなった。
ふぅ・・・やっと捕まえた・・・時期に志摩くんも駆けつけてくれた。
「、やったじゃねーか!!!!」
彼も相当バテていたみたいで、ゼェゼェとめちゃくちゃ荒い息をしながらも笑った。
「まぁね・・・」
そんなことよりも一刻も早く家に帰って靴を脱ぎたい!!!
服や表情とは裏腹に、私の心はそんなことを考えていた。
犬は志摩くんが持ち、私は涙を呑みながらも歩いて依頼人の家に向かった。
依頼人はとても喜んでくれたんだけど、犬に夢中みたい・・・報酬をくれ、すぐに御用を完了させた。
それにしても、なんかテンポよかったよーな・・・私としては、もう立ってるのも辛い状況だから何も言えない。
「よし、帰るか!!」
志摩くんも疲れたのか、笑顔だけど疲労感が見える。
「・・・うん」
「?なんだ元気ねーなぁ」
「・・・ちょっとね」
ちょっと?
志摩くんはそう言って首を捻ったみたいだけど、すぐに解ったみたい。
会話をしながらも歩いていたら、私の速度が遅いことに気付いたようなんだ。
「お前もしかして・・・足痛むとか?」
ギクッ!!
志摩くんにバレたとなると、どんなことを言われるやら・・・。
「だからそんな靴履くなよな」とか、「しょうがねーじゃん、その靴なんだし」とか・・・
とにかく、いいことは言われそうにない。
志摩くんのほうをチラッと見てみる。
圧倒的に私の歩幅が狭いため、かなりの差が開いていたけど、志摩くんが呆れた表情で戻ってくれた。
「ほら見ろ、あれだけ走れば当然だろうな」
「うっ・・・仰るとおりです」
やっぱり嫌味を言われてしまった・・・。
でも、好きな人には一番に見せたいものでしょ?
だから御用なのにおしゃれをしてきたんじゃない。
・・・買ったばかりの靴が履きたかったって言うのも本音だけど。
複雑な表情をして下を向いていると、ため息が聞こえる。
あぁ、志摩くん怒っちゃったかなぁ。
なんて思っていたとき、彼の声が聴こえた。
「ほら!」
ふと、下から声がした。
そっちを遠慮がちに見ると・・・なんと、志摩くんがしゃがんでる。
「歩けねぇだろ。しかたねぇなぁ!!」
今回だけだからな!と何度も言いながらも、志摩くんはそのまま後ろに手を伸ばしていた。
「・・・え、おぶってくれるの?」
「お前の足だと何時間経っても家に帰れねぇって!全く、世話焼けるなー!」
なんて言いながらも、志摩くんは笑顔になってる。
呆れた表情は何処へやら。
私も嬉しくなって、笑顔に変わってしまった。
「・・・ごめんね、ありがとう!」
あまり見たことがない住宅街で、私は少し赤くなりながら志摩くんにしがみついてる。
やっぱ、やさしいなぁ。
本当に嬉しくなって、それでもっともっと志摩くんを愛しく思ってしまった。
「ねぇ・・・重いでしょ」
それでも少し恥ずかしい。
遠慮がちに言ってみると、志摩くんは少し考え、
「そうだな、ちょっと痩せたらどうだ?」
「えっ゛!?嘘!!!本当にごめん志摩くん!!」
お、重いって!?
・・・・・・そういえば寝る前にお菓子食べたっけ・・・
頭の中が後悔でいっぱいになったとき、志摩くんが笑い始める。
「あははっ!お前真に受けすぎだろ!思い当たる節があったのか?」
「何よ、今落ち込んでんだから」
「嘘だって!全然軽い軽い♪」
そう言った志摩くんは、相変わらずな笑い声を上げている。
・・・全然軽い、かぁ・・・やばい、またにやけてきた!
すっごく嬉しかったんだから。
志摩くんは・・・知らないだろうけど。
ねぇサンドリヨン、あなたはガラスの靴を履いたとき、どんな思いをした?
私はすごく嬉しい気持ちでいっぱいだったよ。
ただのサンダルだけど、私にとってはガラスの靴みたいだったんだ。
すっごく嬉しい思いを与えてくれる靴を、サンドリヨン、あなたはどう思う?