「そういえば、去年も志摩くんと行ったっけ」
私は呟きながら、キュッと腰ひもを結んだ。
去年は確か、「恋人コンテスト」とかやったような気がする。
「あの時に着ていた浴衣も可愛かったけど、今年のも可愛い!」
・・・なんて自分で心酔してみる。あー恥ずかしい。
スッ、スッ、と浴衣を着るときに聴こえる擦れる音。
近くで見ていたリコはぴこぴこと耳を動かしながら反応していた。
「・・・出来た!」
帯を少しアレンジして、活発に動いても解けないようにしておいた。
「去年、大変だったからね」
恋人コンテストで暴れまくって、解けかけてたんだっけ。
あの時は大変だったなぁ・・・今年は大丈夫だと思うけど。
思わず思い出し笑いをしながら、巾着袋の中に貴重品を入れていった。
あたりも暗くなり、少しずつ人が多くなっている。
でもなんでだろう?カップルが多いのは気のせいなのかなぁ。
「はぁ〜・・・やっぱり遅いや」
私は去年と同様、待ち合わせ場所である神社の鳥居にもたれかかった。
「今年も香ちゃんは行けないし、なんて『香ちゃんが来ないなら行かなーい』だもんね」
言葉とは反対に、私は笑みを浮かべた。
なんとも本人らしい言葉だ。
とりあえず、今年も志摩くんと二人で行くハメになった。
私にとっては嬉しいんだけど、あんまり期待は出来ない。
「去年の失態が拭えない・・・」なんて呟いてみたり。
「よぉ、待ったか?」
「めちゃ待った」
声の主は待ち遠しかった志摩くん。
即答してやると、少し慌ててしまったみたい。
ちぇっ、そんな姿だって可愛いじゃんか。
「悪かったって!かき氷奢ってやるから機嫌直せ!なっ?」
「・・・仕方ないなぁ」
ホッとする姿も愛らしい・・・なんかオシャレしたのに負けたみたい。
それでも私は笑顔になってしまった。
さすが志摩くん、笑顔以外させてもらえないんだから。
「じゃあかき氷のイチゴ味、よろしくね」
にっこり微笑んで言うと、渋々志摩くんは頷いた。
「・・・解った、買ってきてやる。お前は此処に居ろよ」
「りょーかい!」
返事に満足した志摩くんは小柄な身長に四苦八苦しながら人ごみを掻き分けて行った。
またしても、待ちぼうけ。
・・・それにしても。
「浴衣、褒めるくらいしてよね・・・」
思わず脱力してしまった。
そりゃ、志摩くんは鈍感だよ。自分の仕事でしか鋭い洞察をしないよ。
でも髪形も凝って、巻いてるんだよ?
雰囲気違うって事くらい触れて欲しかった。これは我侭なのかな。
はぁ〜、とため息を吐いた私は、何か声が聴こえた。
それは泣きじゃくるような、女の子の声に思えた。
「・・・誰か迷子にでもなったのかな」
きょろきょろと辺りを見回し、誰が泣いているのかを突き止めた。
可愛らしいピンクの浴衣を着た、小さな女の子だ。
困っている人は放っておけないっていう信念は、永倉屋からかよろず屋からか。
とにかく仕事柄、貫くのよね。
私は迷うはずもなく、女の子の元へ向かった。
「どうしたの?お母さんと逸れちゃった?」
「ママぁ〜〜!!」と叫んでいる女の子は、私のほうを見て涙目で頷いた。
オシャレのためにくくっているツインテールも、ぐしゃぐしゃの泣き顔だともったいない。
巾着袋からティッシュを出して差し出し、笑顔で言った。
「じゃあ、探しに行っちゃう?」
「買ってきたぞー・・・?」
数分後、誰も居ない鳥居に戻ってきた志摩くんは辺りを見回した。
「?・・・おいまさかアイツ・・・」
青くなった表情は徐々に呆れ顔になっていった。
「此処に居ろって言ったじゃねぇか――――!!!!」
・・・志摩くんが困ることも知らずに。私は女の子と手を繋いで歩いていたのだった。
「うーん・・・探すっても、何もわかんないからなぁ」
捜索の依頼なんて滅多に来ないため、私もどうやって探したらいいかわかんない。
教えてくれたのは、女の子の名前が“かみのせ ちや”ちゃんってことくらい。
ちょっと困ったなぁ・・・。
「迷子センターなんてあるかなぁ」
女の子は買ってあげたりんご飴を嬉しそうに食べている。
とりあえず放送室に行ってみよう。私は結論に達した。
「ったく、何処行ったんだ!?」
かき氷を二つ持って、志摩くんはきょろきょろと辺りを見回す。
それはまるで迷子のようで、私が見てたら笑ってただろうなぁ。
丁度その時、アナウンスが流れていた。
『上之施 千椰ちゃんのお母さん、至急放送室へ・・・』という内容は、志摩くんは聴く由も無い。
数分後、血相を変えた千椰ちゃんのご両親がやってきた。
「あなたが千椰を見つけてくれたんですか!?」
「いえいえ、此処に連れて来ただけです」
「有難うございます、気付かなくて・・・本当に感謝しています!」
・・・気付かなくて、かぁ。
そういえば、私も気付いてもらってないなぁ・・・あっ!!!!
「・・・ヤ、バイ・・・」
瞬時に血の気が引いた。
「しっ、志摩くん忘れてた!!!」
気付いたときと携帯が鳴った時は同じだった。
ブルブル・・・と震えた携帯を急いで取り出し、誰からかを見て青ざめる。
“志摩 義経”と表示されていて、震える携帯は怒りをも表されている。
「・・・はい・・・」
何故か弱腰な出方で、周りにいた上之施一家は頭を傾げている。
しかし、きっとそこまで聴こえていただろう声は私の耳を貫いた。
『お前今何処に居るんだよ!!!』
「ぅひゃあっ!!!」
志摩くんの声はとてもよく響いた。
おかげで放送室の女性も驚いていたくらい。
「えっと・・・放送室・・・」
『はあっ!?何処だよそれ!!』
「えと、少し奥に入った所・・・」
『今から行くから、いいか、絶対に動くなよ!!!!』
「う、うん」
乱暴に切られた携帯を呆然と眺めていると、千椰ちゃんのお母さんが一言。
「も、もしかして恋人の方とか・・・?」
「あはは・・・そんなんだったらもっと楽です。」
不思議そうに首を傾げられたけど、私は本当のことを言ったまでだった。
千椰ちゃんを含む上之施一家は会釈をし、再び祭りを満喫すべく消えていった。
はぁ〜・・・これからどうしよう。
絶対志摩くんに怒られるよねぇ・・・あ〜〜私の馬鹿!!
なんでもっと早く言わなかったんだー!!!・・・なんて後悔してもしかたないよね・・・。
「」
ビクッと肩が震えてしまった。
恐る恐る振り返ると・・・うわぁ、めちゃくちゃ怒ってそう。
「し、志摩くん・・・あのね、ま、迷子を連れてきただけ、なんだけど・・・」
なんてしどろもどろな弁解が通るのか、自分でも不思議に思う。
志摩くんは激怒の表情をしてたけど、大きなため息を吐いて呆れた表情に変わった。
「全く、心配させんなよ!!」
「・・・・・・ご、ごめんなさい・・・」
素直に謝ると、また表情が呆れ顔から苦笑へ変わった。
「ほら、行くぞ」
「うん・・・」
少し溶けたかき氷を受け取り、反対の手を引かれた。
心配、してくれたんだ。ちょっと嬉しいなぁ。
向かった先は、古ぼけた神社。
此処はあまり人が居ないみたいで、足をぶらぶらさせて、二人座った。
サクッ、と氷をすくい、一口。
「ん〜〜〜〜・・・美味しいっ!!」
イチゴ味は私の定番。甘くて冷たい、かき氷ならではの美味しさを感じる。
「志摩くんは何にしたの?」
「おれはブルーハワイだ!」
覗き込むと、確かに青い。
「・・・美味しい?」
「まぁな!!」
すっごく嬉しそうに食べるんだもん、なんか私まで笑顔になってしまう。
パクパクと二人してかき氷を摘んでいると、突如空が光った。
まるで、バッと花が開くような光を反射的に見て、次に大きな音が轟く。
ドォンッ!!!
「・・・花火だ」
「おぉーすげぇな!」
この神社からは良く見える。でも誰も居ないってことは秘密のスポットなのかな?
花火がババッと開き、ドドォンッ!と大きな音が連続して鳴った。
「凄い・・・きれーい・・・」
中には、開いた花がキラキラと輝くものもあって、どれも私の心を魅了した。
「・・・なぁ、」
ドドンッ!!と七色の花火が上がったとき、志摩くんの声が聴こえた。
「何?」
「来年も来ような」
「・・・そうだね」
バァッと開き、大きな音が響く。
私はとても心が弾み、思わず笑顔で魅入ってしまった。
きっと・・・きっと、志摩くんも同じだと思う。
次々に上がった花火は一旦止んで、静けさが戻った。
「・・・さ、帰ろっか!!」
「え!?もうか!?」
志摩くんが驚くのもわかるけど、早く帰ったほうがいいと思う。
「絶対帰りは人がいっぱいになるでしょ?だから早めに帰ろ」
「・・・・・・・・・」
少し考えた志摩くんも、頷いてから地面に降りる。
「よし!!じゃー帰るか!!!」
「でしょ?・・・よし、屋台でいっぱい買って私の家に行こう!!」
「いいなそれ!香ちゃんやも呼んで、パーッとするぞ!」
再び始まった花火に気付きもしないで、私たちは楽しそうに神社を後にした。
「あ、そうだ」
「何?」
「今年の浴衣、去年のよりも似合ってるな!」
「へっ・・・!?」
急に振り返ったと思ったら、何を言うんだか!?
でも志摩くんは素直なことを口にしているだけなのか、にっこり微笑んで続ける。
「いいんじゃねぇかー?」
「・・・・・・・・そう?」
うんうん頷き、志摩くんは再び歩き始める。
着いて行きつつも、志摩くんの言葉を繰り返し頭の中で流した私は笑顔を綻ばせてしまった。
いつしか花火は、祝福をするように綺麗な花をいっぱい咲かせていた。