私は昔、嘘をついたことがある。
 たった1回の嘘だけど、後に凄く後悔したことを憶えている。
 とても些細なものだったけど、私はそれが悪いことだと解ることが出来た。

 二度と、つくもんかと思った。
 でも、またついてしまった。
 もう戻れない。例えそれが、志摩くんのためだったとしても・・・。






優しい嘘つき






 休憩時間にも関わらず、私はぼんやりと席から消される黒板を眺めていた。
 はそんな私の傍に来て、尋ねてきた。
?どうしたのぼんやりとして」
「んー?・・・・・・・・」
 返事もそこそこ、私は目線を外すことなく眺めてる。
??」
「ねぇ、やっぱ駄目かな?」
「何が??」
「・・・・・・」
 要領を得ない会話をはイライラ感じているのか、どかっと前の席に座った。
「あのねぇさん?私には何がなんだかさっぱりなんですけど」
「・・・あ、ごめん」

 私は脳裏の出来事を出来るだけ言葉に直してみた。




 それは、2日前のことだ。
 家に志摩くんがやってきたんだけど、なんだか様子が可笑しかった。
「志摩くん、どうしたの急に?」
「んー・・・いや、あの、な・・・」
 しばらく志摩くんのどもりを聴いてたけど、次第にのようにイライラしてきた。
「志摩くん、早く言って」
「あぁっ!?えーと・・・よ、要はお前の様子を見に来たんだよ!!」
「・・・はぁ?」
 やっと言ったかと思えば・・・何を言ってるんだか。
 はぁー、とため息を吐いて私は続けた。
「とりあえず、今シャーベット作ってたんだけど食べる?」
「マジか!?食う食う!!」
 いつものように嬉しそうに叫び、ハッとなって志摩くんは首を横に振ってる。
 それは正に「違う、食べに来たんじゃないだろおれ!」みたいな感じで、余計可笑しい。
「はいどーぞ」
 メロン味のシャーベットを差し出すと、志摩くんは目を輝かせた。
「やっぱ夏は冷たいもんだよなー!!」
「でも食べ過ぎたら夏ばてするけどね」
 そうは言っても、冷たいものは大好きだから止められない。
 パクパクと手が進んでいると、志摩くんが口を開いた。
「・・・、昨日さぁ・・・」
「んー?昨日??なんだっけ」

 昨日といえば、確かの情報通りに3時間志摩くんに触らなかった・・・あの日。
 志摩くんは少し頬を赤くして、それでも頑張って言葉に表そうとしてる。

「昨日、お前洗濯物入れてたろ!?そ、その時・・・あの、な・・・」
 此処までどもるのは可笑しい。
 何か言いづらいことか、言うと状況が変化すること。
 洗濯物?・・・まさか!!

 あの時、私は逢ってから3時間志摩くんに触れなかった。
 それはから教えてもらったことで、そうすれば相手に自分の気持ちが伝わるというもの。
 確か洗濯物を入れ終わった時は3時間過ぎていて、志摩くんを見ながら呟いたっけ。

『志摩くんが大好きなのになぁ・・・』

「きっ、昨日!?」
 いきなり大声を出して、志摩くんは驚いたみたい。
 ビクッとしてソファから落ちた。
「なっ、なんて声出してんだ!?」
「え、いやなんでもない・・・」
 そういうけど、私の表情は引きつってたと思う。
 あの言葉は窓越しに言ったから、聴こえなかったんじゃないの!?
 の情報は本当だったんだ・・・本当に私の気持ちが伝わってしまった。
 あの時は伝わればいいと思った。
 でも、志摩くんの動揺を見て私は気付いてしまった。
 とりあえずその場を誤魔化したんだけど、私の胸にはまだしこりが残っていた。

「志摩くん、さっき聞こうとしたことはまた来たときに聞くから」
 それだけ言った・・・それでこの話は一旦幕を下ろした。



「・・・えーと、それで何が言いたいの?」
 は苦笑いでそう言った。
 確かに、そうなんだけど・・・私は腕の中に顔を伏せて呟いた。
「志摩くんを困らせたくないのになぁ・・・」
「なーに言ってんのよ!」
 と言ったも、少し考え込んで言った。
「・・・それほどの動揺だったの?」
「うん」
「・・・んー・・・・・・じゃあさ、」

 から、“最後の手段”の知恵を教えてもらった。





 私は昔、一度だけ嘘を吐いたことがある。
 それはお父さんに吐いた嘘で、些細なことだったのを憶えている。
 ついた後、私はとても後悔をした。
「なんで正直に言えなかったんだろう」って。
 その嘘がバレて、でも怒られなかった。
 でも私は・・・バレた時のお父さんの目を、忘れることが出来ないんだ。

 いけないことだと、その目に教えてもらった。
 以来、私は嘘を吐いたことがない。





 学校から帰り、服を着替え終わると志摩くんが尋ねてきた。
 ソファに誘って私はお茶をいれた。
「お、さんきゅー」
「・・・ううん」
 隣に座った私と、少しの沈黙が流れる。
 その沈黙を破ったのは、神妙な面持ちの志摩くんだった。
「・・・なぁ、ちょっと訊いていいか?」
「・・・いいけど」

 志摩くんは言いづらそうに、でも私の予想通りの言葉を言った。
・・・お前、おれのこと好きなのか?」

 言いづらそうな志摩くんの気持ちはわかる。
 そんな事言うと、思いっきり自意識過剰のように思えるもんね。
 私はの言葉を思い出した。

“じゃあさ、好きじゃないことを志摩くんに伝えればいいんじゃない?”

 本当は志摩くんのことが凄く好き。
 大好きだって今にも言いたい。
 でも、言ったらきっと志摩くんとは気まずくなる。
 キミのことだもん、私のことを傷つけない方法を一生懸命考えるでしょ?
 だから、私は2度目の嘘を、キミのためだから吐く。


「・・・・・・・・・ううん」
 その言葉を聴くと、志摩くんは驚いた表情をした。


「ひょっとして最近考え込んでたのってそのこと?バカみたいだよー志摩くん!」
「なっ!!お前それは言いすぎだぞ!?」
 こっちは色々悩んだのに・・・と言いたげに頬を膨らました志摩くんは、安心の表情を浮かべた。
 その表情を見た私は、同じように微笑んでおいた。
「そーだ、今日はオレンジのシャーベットがあるんだけど食べる?」
「マジ!?食う!!さすが!!」
「あはは・・・」

 ソファから立ち、キッチンに向かった。
 冷蔵庫からシャーベットを出し、そこからリビングを見る。


 私はそんなに強くない。
 でも、志摩くんのためなら強がりだって見せてあげる。
 リビングから、志摩くんの複雑な表情が見える。
 小声で聴こえないように呟いた。



「もしそうだとしても、今度は面と向かって言うから」



 やっぱり私は嘘がつけないんだね。

 こうやって後で正直に言うのが・・・私なのだ、と思う。