まだお日様は頂点に達しているにもかかわらず、私たちは校門を出て家路につく。
今週はテスト週間だから、お昼から自由なのよね。
・・・学校は「この時間に勉強しろ」って言いたいんだろうけど。
「で、何かいいことでもあったの?」
私はゆっくりローラーブレードを滑らせながら隣を向いた。
隣に居るのは、友達であって仕事仲間の 。
の妙な笑みを見ればわかる、絶対なにかあったに違いない。
案の定、彼女は右人差し指だけ立てて耳寄りな話っぽく振舞った。
「実はね、。今恋人達に人気の言い伝えがあるのよ」
「言い伝え?」
言い伝えって言うのは、昔から言い継がれてきたものでしょ?
なんで今更、しかも恋人達の間で流行るのかな??
でも敢えて言わずにその言い伝えを聞こうとしたのは、やっぱ私も恋してるから。
「恋人であろうが無かろうが、好きな人には触りたくなるもんでしょ?」
「・・・そう?」
触りたくはならないと思うけど・・・でもは聞けとばかりに続けた。
「会ったその日から3時間の間、絶対にお互い触れなかったらお互いの気持ちに気づくんだって。」
「お互いの気持ち??どうして?」
「あ―――もう煩いっ!!なるようになるの!!!」
・・・怒られちゃった。
でも、可笑しいじゃない。
触れなかっただけでお互いの気持ちに気づくんなら、毎日気付けるってば。
は一喝を誤魔化すように咳をし、続ける。
「両思いだけじゃなく、片思いでも同様なんだって。
片想いの場合は本人が相手に3時間触らなかったら、相手に自分の気持ちを気付かせることが出来るらしいよ」
「へぇー」
私の反応が気に食わなかったのか、はむすっとした顔になって「教えなきゃよかった」って呟いてた。
玄関のドア一枚で、冷熱の差が出てくる。
暑い外だったのに、玄関は冷夏かのように涼しい。
「はぁ〜・・・生き返る・・・」
今日は特に暑いみたい。
こんな日は、特に来そうだなぁ・・・志摩くん。
リビングにはリコが涼しげに寝転んでいた。
ちょっと、帰ってきたのにお出迎えなし?哀しいじゃない。
でも私は気にしないでソファに座った。
めんどくさいけど勉強しなきゃ。
そう思っても、身体は教材を出すどころか服を着替える気力も無いみたい。
「暑かったぁ〜・・・」
ソファの背もたれに両手を伸ばした刹那、エントランスホールにチャイムが鳴り響いた。
「あちぃ〜っ!!!」
「いらっしゃい志摩くん、来ると思った」
案の定、志摩くんは汗を流しながら玄関に入ってきた。
苦悶の表情は一変して安らいだ笑みに変わった。
「はぁ〜・・・おれは今年もん家に入り浸りそうだ・・・」
「あはは、別にうちは構わないけどね。」
「マジか!?よっしゃー許可を得た!!」
「こらこら調子に乗らない」
それでも微笑んでしまう。
別にそんな自分に戸惑いもしない。だって私は志摩くんが好きだって認識してるもん。
出会ってから3時間かぁ・・・今1時だから4時までって事よね。
そう考えてハッと気付く。
なんだかんだ言って、の言ってた情報に頼ってるじゃない。
志摩くんはドサッとソファに座り込んだ。
私が出したお茶なんて数秒で飲み干しちゃって、そんなに暑かったのかな。
「、もう一杯!」
「はいはい」
差し出されたコップを持とうとした・・・けど、反射的にパッと手を引っ込めてしまった。
だって触れちゃ駄目なんだもん。引っ込めた後で惨劇に気付いた。
「「あっ」」
叫んだ瞬間、コップは床にぶつかって盛大な音を立てて割れた。
ガシャンッ!!という短い音でも、エントランスホールで何度も響いている。
「、怪我無かったか?」
志摩くんも吃驚したのか床を見ていたが、すぐ私の心配をしてくれた。
「あ、大丈夫・・・」
あーあ、割っちゃった。
に請求したいくらいよ・・・大きな破片を拾い始める。
「いたっ」
何個か拾ったとき、左手中指に小さな痛みが走った。
見ると血が一筋流れてた。
「切ったか?」
「だ、大丈夫!!」
志摩くんが手を持とうとしたとき、咄嗟に自分の方へ引き寄せた。
その反動で、片方に持っていたガラスたちがまた落ちて砕ける・・・私のバカ。
志摩くんは私の動作に驚いたみたいだけど、ガラスを落とした音で我に返ったみたい。
「なにやってんだお前!?」
と、まだ驚いた顔をしたまま、私の足元のガラスへと目を落とした。
「ほら、足も切れてるじゃねぇか!」
「あ・・・ホントだ」
さっき落としたときに切ったのかな・・・でもこれ以上居たら言い伝えが!!
私は勢い良く立ち上がり、早口で言った。
「ごっ、ごめん志摩くんここ片付けておいて!私手当てしてくる!!」
「なっ!?ちょっ、おい!?」
志摩くんの声も聴かずに私はキッチンに向かった。
コップと取り残された志摩くんは、一言。
「・・・おれ、に嫌われるよーな事したかぁ!?」
こっちにまで聴こえてたけど、聴こえないフリ。・・・ごめんね志摩くん、そうじゃないの。
「寧ろ、間逆だっつうの」
志摩くんの問いに答えるように、一応呟き返しておいた。
絆創膏を貼り終えて戻ってみると、志摩くんは粗方片付けてくれていた。
「、掃除機かけておけよ」
あ、ちょっとよそよそしい。
ちょっと胸がチクッとしたけど、でも此処まで頑張ったんだから遣り通さなくちゃ。
掃除機をかけ終え、時計を見る。
午後2時・・・あと2時間。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
しばらく、テレビの音だけが流れていた。
きっと志摩くんは私に何して嫌われたかを考えてるんだろうなぁ。
私は私で、ヘタに何か言うのを怖がってる。
しばらく、テレビの笑い声だけが聞こえていた。
やがて解らなかったのか、志摩くんが口を開いた。
「な、なぁ・・・」
「そーだ志摩くん!!!晩ご飯食べていかない!?」
それを訊かれたら困る。だから私が遮った。
志摩くんは「はぁ?もう晩飯か??」って首を傾げたけど、すぐに返事を返した。
「仕方ねーなぁ、食っていくか!!」
「そうこなくちゃ!」
話を逸らすことにも成功したみたい。
それから少しずつ話は盛り上がり、はや2時間がくる。
もうすぐ達成、だから確実なことをすることにした。
「あ、そろそろ洗濯物取り込まなくちゃ!」
「おー頑張れ!」
志摩くんは片手をひらひら振って、再びテレビに目線を合わせた。
手伝おうっていう気がないのかなぁ・・・でも、今日はそれでいいんだけどね。
あと10分足らずで3時間が経過する。
洗濯物を入れていれば大丈夫だよね!
そう思ってハッと気付き、少し肩を竦めた。
あれだけ批判したのに、結局やっちゃった。
あーあ、明日になんて言えばいいんだろう・・・ちょっと想像出来ないや。
外に出ると、熱気が身体を包んできた。
あー暑い・・・もう4時なのになんで暑いのよ・・・でも、負けない。
私は、はためきもしない洗濯物を手際良く取り込んでいった。
「ふぅ〜・・・あっつい・・・」
全部籠の中に入れると、もう私は汗だらけ。
今取り込んだタオルで拭きたいと思ったけど、どうせ室内に入ればすぐに涼しくなるし・・・止めといた。
歩きながらも、ふと窓の向こうを見てみた。
無意識に足を止めてしまった。
テレビに視線を合わせる志摩くんは、私から見るとさっぱり視線が合わない。
まるで・・・まぁ今もそうだけど、片思いみたい。
誰か他の女性を見る志摩くんを、ただ私は見てるだけ・・・そんな感じがして哀しくなった。
「・・・本当に自分の気持ちが相手に通じるの?」
だとしたら、今すぐでもいいから通じさせてよ。
一つため息ついて、呟いた。
「志摩くんが大好きなのになぁ・・・」
ちょっと口に出して恥ずかしかった。少し赤くなってると、ふと志摩くんがこっちを向いた。
あれ?なにきょとんとしてるんだろう。
するとカラカラ窓を開け、表情を変えずに言った。
「?なにやってんだ?」
「あ・・・ごめん」
すぐさま顔を笑みにさせ、私は籠を持ち直した。
そして涼しい部屋の中に入って洗面所に向かっていった。
別にすぐ洗面所に行くことなんてない。
でも、顔が赤かったのよ・・・熱のせいじゃないから、志摩くんの傍には居たくなかった。
だから、聴こえなかった。
「・・・大好き・・・って、が!?おれを!?」
その言葉は、私の耳まで届かなかった。