「えぇっ?志摩くんだけなの?」
大きな時計台のある公園には、志摩のほかにローラーブレードを履いた少女がいた。
彼女の名前は永倉 。“永倉屋”を経営している。
腰まである茶色の髪は、風に乗って揺れていた。
「仕方ないだろ、香ちゃんは仕事なんだから」
ムスッとした志摩の言葉に、素直には納得する。
「芸能人は大変だもんね・・・」
「こそ、はどーした?」
よろず屋東海道本舗・永倉屋のほかに、もう一つ手を結んでいるところがある。
“天空問屋”と言って、情報屋や助っ人屋をしている。
「残念、も天空問屋の仕事があるのよ」
「マジか!?じゃあ二人でやるのか・・・」
「そうなのよ・・・。で、内容はなんだったの?」
の言葉に促がされた様に志摩が口を開いた。
「ん?あぁ、依頼って言うのが“ウェディングコンテスト”っていう催しが明日式場であるんだけど、
そこで盗まれたデザイン画を取り返して欲しいそうだ」
「デザイン画?」
式場で開かれるウェディングコンテスト・・・といったら、ドレスのことだろう。
「でも、実物も出来てるんじゃないの?」
「それも盗めってさ」
「・・・盗賊じゃ有るまいし」
「でも依頼だぞ」
「うっ・・・」
思わず口を塞いだを見て、ため息をつきながら志摩は詳しく説明した。
要は、盗まれたデザイン画とドレスを奪ってコンテストに出られなくすれば良いらしい。
少し汚い手だが、盗まれたものだったら当然だろう・・・志摩は了解したという。
「という訳だ。」
「へぇ〜〜・・・」
一方は依頼以外のことを考えてみた。
ウェディングコンテスト・・・
「ねぇ志摩くん、ドレス着れるかなぁ?」
「、淡い期待はするな」
「やっぱり・・・?」
そうは言っても少しがっかりする。
そんなと、心情を知らない志摩は翌日も此処で待ち合わせることを約束したのだった。
「ぅわぁ〜・・・」
志摩と教会に来たは、途端目をキラキラさせた。
隣で呆れ顔をしてる志摩なんか放って、依頼人の元に突っ走る。
「どーもっ!!」
「ひゃっ!!」
ちなみに、驚いたのは依頼人だ。
「神城 理奈さんですねっ!?永倉屋でぃっす!!」
「永倉屋じゃねーだろ!!」
バシィッと叩かれ、は危うく転びそうになる。
「そーでした・・・よろず屋東海道本舗です」
名前を出すと動揺してた依頼人の理奈はあぁ、と納得。
「依頼を受けて頂いて有難うございます!」
「いいや。で、依頼内容は?」
通過するウェディングドレスについて行こうとするの服を引っ張りながらも、志摩は訊く。
「志摩くん訊いててよ――っ!私は見たい!!」なんて叫んでるが、それは問題外だ。
少し驚いたのは、気にすることなく依頼内容を言う理奈だ。
「えっと・・・私の前に出場する、“伊澤 友香”さんって言うんですが、
その人からデザイン画とドレスを盗んできて欲しいんです」
「なんでその友香ってやつが盗んだってわかったんだ?」
志摩の言葉に理奈は躊躇いがちに答えた。
「実は、一昨日のリハーサルのときに言われたんです、
『デザイン画を失くしたのによく出場出来るわね』って。・・・このことは内密にしてたんです」
「なるほど、知るはずもない友香さんが知ってたのね」
観念したのか、やっとも参加してきだした。
「でも、それだけで断定するのはまだ早いんじゃない?」
「・・・実は、さっき友香さんの作品が見えました。・・・・・・全く同じで・・・」
理奈の表情が徐々に暗くなっていく。
確定、だろう。
「・・・志摩くん」
が志摩の方を向く。彼に依頼の最終了解を委ねたのだろう。
そして、望んでいた答えも得られるだろう。
「解った。手に入れてきてやる」
志摩が不敵に笑ったときだった。
は“伊澤 友香”と書いてあるドアを開ける。
控え室に居たのは友香とウェディングドレスを着るモデルの二人だった。
「あんた、誰?」
辛辣な言い方だったが、は逆に笑顔で答えた。
「伊澤 友香さんですよね!私貴女が作るドレスのファンなんです!」
そして、事前に理奈から聞いていたデザインを褒め讃え、友香の鼻を伸ばす。
志摩が考えた作戦を遂行するには、に奪う予定のウェディングドレスを着させないといけない。
本人は喜んでいたが、それは大変なことだろう。
「うわぁ、これ友香さんが作ったんですか?!」
は持ち前の人懐っこさで友香の好感を得たらしい、少し嬉しそうに笑っている。
「いいなぁ〜私も着てみたいですっ!」
「・・・じゃあ着てみる?」
の笑顔に友香はにっこりと微笑んで続ける。
「私これから打ち合わせなのよ。だから何かあったらモデルの人に言ってね」
「はいっ!」
友香が打ち合わせで控え室を後にすることも聞いていた。
パタンとドアは閉じられ、振り返るともうモデルの女性はドレスを脱いでいた。
「じゃあ着てみる?」
「はいっ!」
更衣室にたちは入り、しばらく控え室は無人状態だ。・・・いや、もう違う。
そーっとドアを開け、更衣室のモデルに気づかれないように志摩が入ってきたのだ。
「・・・この辺か?」
志摩はドレッサーに置かれた資料を素早く見た。・・・ない。
作戦によれば、がドレスを着ている間に志摩が忍び込んでデザイン画を探す。
資料はドレッサーの上以外には無い。
志摩は案外あっさりと見つけてしまった。
「ふーん、これか」
まじまじとデザイン画を見る。これはさっき理奈が持っていたものと同じだ。
そして同じようなものをもう一枚見つけた。
これは理奈のものを複写して、さも自分が書いたように見せたのだろう。
「二枚とも貰っとくか」
誰に言うでもなく呟き、ニッと笑う。
後はが着ているドレスだけだ。
志摩がそっと部屋を出た後、入れ違いのように更衣室からとモデルが現れた。
「うわぁ〜・・・」
が感嘆に浸るのも解る。
初めて着たドレスは依頼とはいえ、とても嬉しいものだった。
「似合うじゃない!」
「わーい有難うございますっ!」
さて、此処でモデルさんには気絶をしててもらおう。
は無邪気に微笑み、裾から隠し持っていた棍を取り出し、素早く三節を組んだ。
「手加減しますからねー!」
「え?」
素早く鳩尾を突き、モデルは一瞬で倒れこんだ。
は一応謝罪し、服を持ってウェディングドレスのまま控え室を後にした。
「はーい志摩くん、手に入れてきたよ!!」
理奈の控え室に入ると、は披露するように志摩たちに見せた。
と目があった途端、志摩の表情が凍りついたかのように固まった。
あれ?と首を捻ったと示し合わせたか、今度は瞬時に頬を赤らめた。
・・・・・・もしかして、見惚れてた?
なんて思いつつ、気付かない振りをして微笑む。さすが、ウェディングドレスなだけある。
「志摩くん、どうしたの?おーい」
「・・・え、あ、よ、よくやった、!こっちも探したぞ」
動揺を隠せずに志摩はどもった。その反応がまた面白い。
「うん、これで御用完了です!」
ドレスを脱いだはそれをデザイン画と共に理奈に渡した。
これで依頼は終了だ。
コンテストは始まり、遠くから志摩とも見学していた。
様々なデザイナーがいろんなドレスを紹介していくのを、は目をキラキラさせて見ている。
「ねぇみて志摩くんっ!凄く可愛い〜っ!」
理奈のドレスが一番可愛かったようだ。
はアレのレプリカを着たんだ、と嬉しそうにしていたが、
「そうかぁ??別にドレスを着たからなんなんだって感じだろ!」
わははは〜と気軽に笑う志摩のおかげでの笑顔はピシッと凍った。
・・・・・・志摩くんらしいかな。
は志摩の能天気さに呆れ、上の一言で片付けたが・・・
仕事の疲れだろうか?どっと疲れが襲ってきたそうだ。
平和なコンテストは、空気が読めないことなど関係ないみたいだ。