海に・・・行きたいなぁ。
 季節外れだけど、たまに行ってみたくなるのよね。
 なので、行きたくないと言われるのを覚悟して、電話してみた。






アルバートからの手紙






 景色が次々と変わる中、何も変わらないのは青い空だけだった。
 ざわざわと混雑音がする電車の中に、私と志摩くんは揺られていた。

「きゃっはあ〜〜〜っ!!電車久し振り〜〜〜っ!!」
「お前よぉ、もっとテンション下げろよ・・・」
 天と地の差とも言えようこの反応。
 楽しそうな私とは打って変わって、志摩くんは朝早く起きたから眠そう。
 もっと楽しんでもいいと思うのに・・・
 まぁでも私が強引に誘ったんだもんね、仕方ないか。



 ガタンガタン、と揺れる音を聞きながら、私はずっと窓際に目を向けていた。
 変わる景色がとても楽しい。久々に観たら本当に絶景だわ。
 少し人ごみがざわついてるけど、そんなのは気にしない。
 隣に座ってる志摩くんはうつらうつらしてるけど、私は景色に夢中だった。
 そして着いた駅から、歩いて5分が経った頃。

「「・・・・海だ――――――!!!!」」

 私たちの声が重なった。

 目の前に広がるのは、真っ青の海。
 白い砂浜を飲み込んでは、下がっていく波がとても綺麗な、海。
 私はもちろん、志摩くんまで目を煌かせてる。
「ね、志摩くん!来てよかったでしょ!?」
「これで海には入れたらなー・・・」
 確かに、そこまでは出来ない。
 なんせ、今は春。
 4月の真っ只中に入れるわけがなく、人の気配もまるでない。
 砂浜の上には、私たち以外誰もいないんだもん。

「で、なんで海に来たかったんだよ」
「なんでだろうね」
「はぁっ!?なんだそりゃ!!」
 志摩くんの言う通りかもね。
 でも、私は別に用があって来たわけじゃないんだけどな。

 なんとなく、たまに海に来たいなー・・・なんて?

「ほら志摩くん、貝殻いっぱい!」
「あぁ・・・ホントに何もないのか?」
 そんな疑わしそうに見なくても、何もないよ。
 答える代わりに、笑顔を向けておいた。

 それにしても、砂浜には色々ゴミがある。
「汚れてるなぁ・・・」
 目の前には空き缶やポリ袋などが散乱している。
「花火の跡まであるぞ。」
 志摩くんが指差した先には、夏にやっただろう花火のゴミがある。
 ・・・可哀想に。
 でも、私はもっと先に目を向けた。

「よぉ〜しっ!!」
「・・・?」
 志摩くんが見守る中、私は鞄からタオルを出して首にかける。
 次に、パンプスを脱ぎ、先を見通した。
 目指すは、海!
 足くらい浸けても大丈夫でしょ♪

「おいっ!?ちょっ、待「行ってきまーすっ!!」

 志摩くんの言うことも訊かないで、たたたっと軽快に走って砂浜を横切る。
「あ〜あ、行っちまった・・・」
 靴を脱いだところからなんとなく解ったのか、呆れたように志摩くんは後姿をみていた。
「ガラスがあるかもしれねーのに!」
 でもね、志摩くん。
 キミはなんで微笑んでるんだろうね。
「きゃ〜冷たいっ!!」
 ばしゃばしゃと波立つ音を立てながらも、私は思わず満面の笑みを漏らした。
 まだ冷たいけど、気持ちいい〜!
 スカートを上げて楽しそうに遊んでいた。
「志摩くんもおいでよーっ!!」
 何呆然とこっち見てんだろ?変だなぁ志摩くん。
「おれはお前みたいにそんな準備してねぇよ!!!」
 志摩くんはそう怒鳴りつつも、目は私から離さなかった。
「・・・?」

 日の光もあって、光る海はとても綺麗。
 春らしい服を着てきた甲斐があって、白いスカートがこんな海によく似合ってる。

 志摩くんはしばらく私の方を見て、ハッと気付いたように頭をガシガシかいた。
「あ゛〜〜なに見惚れてんだよ!?おれのタイプはもっと大人なヤツなんだ――――!!」

 そう叫んでる声は私の元まで届いた。
「・・・知ってるよ、そんなことくらい」
 だって、香ちゃんのお姉さんってすっごい綺麗なんでしょ?
 なんか空しくなっちゃうじゃない。
 ・・・でも、見惚れてたんだ、私に。
 ちょっと嬉しいな・・・って、私って単純だなぁ。

「しーまくーんっ!!!」
「なんだよっ!!!」
 思いっきり怒鳴られちゃった。
 ・・・ん?おぉ?見惚れてる?見惚れてる?? って、そうじゃなかった。

「靴持ってきて!」
「・・・はぁ?」
 さすがにずっと入ってたら凍えちゃう。
 砂浜まで上がると、向こうから嫌々パンプスを持ってきてくれる志摩くんを見た。

 ・・・あれ?あの瓶。

?どーした?」
「あれ・・・紙が入ってる」

 在り来たりな瓶の中に、紙が丸まって入ってる。
 砂に半分ほど埋まってる瓶を取り出し、カラカラッと蓋を回した。
 ポスッ、と、なんとも間抜けな音で落ちた蓋に見向きもしないで、私は中の紙を取り出した。
「・・・・・・え?」
 紙と、目の前の海を交互に見た。
「何が書いてたんだ?」
 覗き込んだ志摩くんは私と同じように、海と交互に見なおした。
「・・・海の絵」
 そこに描かれてる絵は、とても綺麗な海の絵だった。
 ゴミも何もない、真っ白な砂浜に、青い空と同調しているような真っ青な海。
 そして綺麗な水平線から、太陽がのぞかれていた。
「もう一枚・・・ある」
 そこには、こう書かれていた。


   “ E = m c 2 ”
   特殊相対性理論を発表してしまった。
   新たなウェポンを作らせてしまった。
   私は、とても綺麗な海を一瞬で真っ赤に染めてしまった。
   いつか・・・罪を償えるときがくるのだろうか。

                Albert


「特殊相対性理論・・・?」
「E=mc2、聞いたことがあるよーな・・・」
 私たちは考え込んでしまった。
 志摩くんの言う通り、本当に聞いたことがある。
 特殊相対性理論といえば、確かアインシュタインが発見した数式だよね。
「アルバート・・・アルバート・アインシュタインか!」
 さすが志摩くん、私がさっき言った言葉を・・・って、えぇっ!?
 私は文章を凝視してしまった。

「まさか、アインシュタインさんの!?」
「んなわけあるか!」
 志摩くんが呆れたように言った。
「アインシュタインは50年前に死んでる。しかも、日本語じゃねぇか」
「・・・あ、本当だ」
 ちょっと恥ずかしかったりして。

「それにしても、ウェポンって・・・何を作ったんだ?」
「う〜ん、なんだろう・・・あっ!!」
「なんだっ!?」
 そういえば、世界史で習った気がする!!
「原爆じゃない?」
「原爆だと!?」
 特殊相対性理論で作られた原爆を長崎と広島に落としたんだっけ。
「・・・となると、この手紙はアインシュタインの気持ちを表してんのか」
「みたいだね」

 きっとこれを書いた人は、事実を忘れられないように海かどこかに流したのかな。



「・・・皮肉なもんだな。死んで50年の時を経た手紙か・・・」
 志摩くんの言葉に、頷いた。
 アインシュタインさんは、悔やみながら息を引き取ったのかな・・・。

「もっかい、流しとこうか」
「だなっ!」
 2枚重ねた紙を丸め、瓶の中に詰める。
「ん」
「あ、ありがと」
 志摩くんから受けとった、錆びた蓋を回す。
「じゃあ投げて」
 私の力じゃ遠くまで投げられないから、志摩くんに渡した。
「任せなっ!」
 ニッと笑って志摩くんは、思いっきり遠くまでその瓶を投げた。

 流線型を描いて瓶は遠海を横切り、やがて遠くでポチャン、と落ちる音が聴こえた。



 また、他の人に見てもらえればいいね。
 私は微笑み、志摩君のほうを見た。
「ねっ、志摩くん!」
「あ?ちょっ、!?」
 きょとんとした志摩くんの腕を引っ張り、そのまま海に倒した。

「きゃははは〜〜!!」
「・・・・お前なぁ・・・何すんだよっ!!!」
 ずぶ濡れになった志摩くんは大声で怒鳴ったけど、何やら不敵な表情になって
「ほら、起こしてくれよ」
「しかたないな〜」
 差し出された手を引っ張ると、逆に引っ張られてしまった。
「ぅえっ!?」
 ザッバーンと大きな波が立ち・・・
「ちょっと・・・なにすんのよっ!!!」
 私までもがずぶ濡れになっちゃったじゃない!!!
 志摩くんはわははは〜って笑いながら、
「仕返しだ!っておもしれぇぐらいに引っかかるな〜!」

「・・・仕返しなのは良いけど、どうやって帰るつもり?」
 私の言葉に、ピタッと笑い声を止めた志摩くん。
「あっ、ちょっと!透けるんだけど、どうしてくれるつもり?」
 そして徐々に志摩くんの顔色は真っ青に。
 私はといえば、笑顔で怒ってやった。
「わっ、わりぃ!!」
「“わりぃ”で済んだら警察はいらねーわよっ!!!!!」
「うわぁっ!!!」

 ばしゃばしゃと波立たせながら、私たちは寒い海の中で追いかけっこなんてしてしまった。
 そして、日が傾き始めて一層寒くなり、

「・・・どうするの?志摩くん・・・」
 びしょ濡れで髪の毛まで滴っていた私と、
「・・・か、香ちゃんに電話してみっか・・・」
 同じく髪まで滴りってずぶ濡れの志摩くんが呆然と立ち尽くしたのだった。