何コールだろう、やがて志摩の眠そうな声が聴こえた。
寝てたな、と怨めしそうに思い、悪戯のつもりで状況にあった返事をしてやる。
「わんっ」
『・・・あ?』
案の定、志摩の声は怪訝が混じっている。
『なんだ〜・・・』
「志摩くん?今いい??」
心なしか、さらに声量を落とした。
『どうしたぁ?』
志摩は眠そうに欠伸をした後、そう言った。
「・・・実は私、御用中に捕まっちゃった。いわゆる、監禁?」
『・・・・・・・・・は?』
きょとんとした志摩の言葉が聞こえた。
「絶対今アホな顔をした、志摩くん」なんて思っただが、
『ちょっ、監禁ってあの監禁か!?』
「それ以外に何があるの?」
『どうやって電話してんだ?』
「携帯持ってるって気付いてなかったから」
志摩の質問を受けようとは思わない。
は志摩の声を押し退けて一気に話した。
「名執さんの御用をしてたんだけど捕まって監禁状態にされたの。
で、ちょっと抜けられないのよね。だから不本意だけど助けに来てくれたりしない?
因みに多分此処は御用の場所だと思う。2階だから確証は無いわ」
『・・・大丈夫か?お前』
「なにが?」
志摩の言葉がよくわかっていないだが、普通は聞くだろう。
なんせ監禁されているのだ、正気なわけがない。
しかしはしれっとした態度で答えた。
「別に大丈夫も何も、なんか大切にされてる。・・・ただ、立場的には飼い犬状態かな」
『何が?』
「私が」
『・・・・・・はぁっ!?変態かそいつ!?』
もう眠気は飛んでいた志摩だった。
としては大声を出して欲しくないから「静かに!」と制す。
「多分ね。どっかの変質者とは違った感じがするのよ」
『そうか・・・とりあえず、明日普通に尋ねてみる』
「うん、お願い」
あと、とは続ける。
「香ちゃん達には秘密にしてて。心配するだろうし」
『おー』
それは志摩も同じことを思ったのか、一緒の考えだったようだ。
『じゃあ明日行くから、。お前気をつけろよ』
「大丈夫だって」
『あと携帯は手放すな、いいな』
「うん」
さすが志摩、頼りがある。
すっかりは志摩のことを信頼しきっていた。
翌日。
コンコン、と音がして名執が入ってきた。
「ちゃん、おはよう」
「・・・おはようございます」
何処となく愛しみが混じった目をしているのは気のせいか。
・・・何処と無く、子供や孫を見る目に似ている。
でもには解らない。
「じゃあ朝食を持ってくるね」
と一度出て行く。
「・・・このまま居るのは宜しくないよね」
左足を見る。・・・枷よりも厄介な鎖が巻き付いて取れそうにない。
「さえあればねぇ・・・」
“”とはの相棒である棍のこと。
依頼の時は持っていた棍は、きっと名執に没収されているのだと思う。
棍があれば、こんな鎖砕いてやるのに・・・と、悔しそうだ。
「・・・そーだ!!」
ふとの目に入ったのは、鉄格子。
その一つの棒が取れれば棍代わりになるだろうか。
一本一本に手を添え、ガタガタと動かしてみた。
・・・取れない。
次々に手を添えて動かそうとするが、動くことはなかった。
「ちゃん、何をしてるんだい?」
はっ、と気付いたときには遅かった。
朝食を持ってきた名執は、笑顔のままで言っていたから尚更怖い。
「・・・名執さんさぁ、私をどうしたいの?」
「ちゃんはただ此処に居てくれればいいんだよ」
名執は笑顔のまま、朝食を近くに置いた。
目が、「食べなさい」と言っている。
仕方なく朝食に手を伸ばしたとき、下の階からチャイムが鳴った。
きっと志摩くんだ。少し心の中で安堵させただが・・・
「・・・チャイム鳴ってますよ」
「いいんだよ、チャイムなんて」
僕はちゃんと一緒に居たいんだから。
そう言うのは目の前にいる名執。・・・古希突入間近の男。
にとって、少し厳しいものがある。
絶えずチャイムは鳴り続ける。
「ちゃんはお母さんをとても大切にしてたよね」
「へ?」
お母さん?イタリアに居る母親を??
確かにお母さんは好きだけど、なんでそんなことを名執さんに言われなきゃいけないんだろう。
「そうだ、ちゃんのために和菓子も買ってきたから一緒に食べよう」
「は?」
私、和菓子嫌いです。
心の中で突っ込んだだ。
「え、なんで和菓子ですか?」
「ちゃん好きだったろう」
いつ、が依頼人に「和菓子が好き」だと言ったのだろう。
答えは簡単。言っていないんだから。
やばい。
直感でそう判断したが、逃げようにも状況が邪魔して逃げられない。
「・・・名執さん、私を誰と重ねてるんですか?」
その答えは聞くことが出来なかった。
バァンッ!!!
下からドアが蹴破られる音が聴こえた。
「なんの音だ?」
流石にその音を怪訝がった名執は音のするほうを見た。
ダダダと走って、次々とドアが開く音がする。
音に合わせるように、声を上げた。昨日の夜と同じ言葉だ。
「わんっ!」
まるで犬が飼い主を呼んでいるようだが、聞こえてはいるだろう。
「志摩くん、やっときたわね」と呟くの言葉に、目を見開いた名執だが、やがて笑顔に戻った。
「・・・ちゃん、ちゃんとお味噌汁も食べないと駄目だよ」
朝食のことだ。
確かには少ししか食べてない。
「ほら、食べて」
名執は何を考えているんだ。
心の中でそう思っただが、器を持って少しだけ口に流した。
「・・・・・・・・え?」
ほんの少し、飲んだだけだった。
グラッと頭が重くなったように倒れこんでしまった。
そんなを受け止めた名執は一言、
「眠ってたほうが似てるんだ、君は」
「誰にだよっ!!!!」
突然の言葉に驚いて振り向いた名執は、息を切らせてる志摩を見た。
今までが何処に居るのか探していたのか、志摩はぜぇっぜぇっと激しく切らせていた。
「っ!!」
名執の腕の中で眠っていたを見たのだろう、ギッと睨んだ。
「てめーに何やった!!!」
しかし名執は微笑んだまま、
「あぁ、君が“志摩くん”か」
焦ることもない名執の微笑みは、何処か哀しそうな表情も見えた。
「安心しなさい、睡眠薬を飲んだだけだよ」
そっとの髪を撫でる。
「もう、夢が覚めてしまうのか」
「はぁっ?!」
名執に対して警戒していた志摩は、徐々に名執の哀しげな表情を読み取った。
「・・・どういうことだ?」
少しずつだが、を見ながら名執は口を開いた。
「僕には一人の孫が居たんだ・・・ちゃんにとてもよく似た、ね。
“弥生”と言ってね、本当に可愛かったんだ。
彼女の両親と一緒に住んでいて、弥生ちゃんは本当に母親が好きだったんだ」
志摩には、名執がを見る目がとても愛しそうに思えた。
「だけど・・・両親が離婚してね、母親は彼女を捨てて出て行ったんだ。
息子も弥生ちゃんを可愛がらなかった。新しい女を作って家を出たんだ。
僕だけは彼女を可愛がった。宝だったんだよ。だけど、彼女はある日・・・首を吊ってた。
・・・きっと寂しかったんだ。だから今度は・・・」
「・・・今度はを見立てたってワケか」
彼女の足についている鎖を見た志摩は、途端に怒りが湧き出たみたいだ。
「お前、なにか勘違いしてるぞ」
立ち上がった途端、思いっきり名執を殴りつけた。
「代わりなんて誰にも出来やしねぇんだよ!!」
飛んでいった名執を気にせず、志摩はを抱える。
「警察にも言わねーよ。理由を聞いたが反対するだろうからな」
足の鎖を断ち切り、抱き上げた。
「でもな、よく考えるんだな。はその弥生ってヤツでもなけりゃ代役にもなれねぇんだよ!」
志摩が出て行った後、名執は一人呆然としていた。
見ていた先は、天蓋付きのベッド。
きっとこの部屋は“弥生”の部屋だったのだろう。
「弥生ちゃん・・・」
「・・・ん・・・・ふわぁ・・・」
意識を取り戻したは、ゆっくり目を開ける。
「お、起きたか?」
「ん〜・・・志摩くん?」
近くに見えた志摩は「なんで“?”をつけてんだよ」と怒鳴っていた。
「・・・状況が読めないんだけど、なんで私は志摩くんに持たれてんの?」
「持たれてるって・・・もっと良い言い方ないのかよ」
を抱き上げたまま歩いていた志摩は、通りすがる人々からいろんな目で見られていた。
徐々に頭がはっきりしてきたは、頬を赤くするほどだ。
「で、名執さんは?」
全てが夢かとさえ思われるだろう。
「あぁ、片付いたぞ!」
「・・・そう」
それよりも降ろして欲しいなぁ・・・
本当に恥ずかしくて名執どころじゃないは、家に帰ってから事情を聞かされるハメになったのだった。