夜の2時。
 もう名執も寝ているだろうと思い、窓際で志摩に電話をかけた。
 ・・・といっても、その窓は鉄格子がはめられているのだが。






家庭内飼育のススメ






 何コールだろう、やがて志摩の眠そうな声が聴こえた。
 寝てたな、と怨めしそうに思い、悪戯のつもりで状況にあった返事をしてやる。
「わんっ」
『・・・あ?』
 案の定、志摩の声は怪訝が混じっている。
『なんだ〜・・・』
「志摩くん?今いい??」
 心なしか、さらに声量を落とした。
『どうしたぁ?』
 志摩は眠そうに欠伸をした後、そう言った。

「・・・実は私、御用中に捕まっちゃった。いわゆる、監禁?」
『・・・・・・・・・は?』
 きょとんとした志摩の言葉が聞こえた。
「絶対今アホな顔をした、志摩くん」なんて思っただが、
『ちょっ、監禁ってあの監禁か!?』
「それ以外に何があるの?」
『どうやって電話してんだ?』
「携帯持ってるって気付いてなかったから」

 志摩の質問を受けようとは思わない。
 は志摩の声を押し退けて一気に話した。

「名執さんの御用をしてたんだけど捕まって監禁状態にされたの。
 で、ちょっと抜けられないのよね。だから不本意だけど助けに来てくれたりしない?
 因みに多分此処は御用の場所だと思う。2階だから確証は無いわ」
『・・・大丈夫か?お前』
「なにが?」
 志摩の言葉がよくわかっていないだが、普通は聞くだろう。
 なんせ監禁されているのだ、正気なわけがない。
 しかしはしれっとした態度で答えた。
「別に大丈夫も何も、なんか大切にされてる。・・・ただ、立場的には飼い犬状態かな」
『何が?』
「私が」
『・・・・・・はぁっ!?変態かそいつ!?』

 もう眠気は飛んでいた志摩だった。
 としては大声を出して欲しくないから「静かに!」と制す。

「多分ね。どっかの変質者とは違った感じがするのよ」
『そうか・・・とりあえず、明日普通に尋ねてみる』
「うん、お願い」
 あと、とは続ける。
「香ちゃん達には秘密にしてて。心配するだろうし」
『おー』
 それは志摩も同じことを思ったのか、一緒の考えだったようだ。
『じゃあ明日行くから、。お前気をつけろよ』
「大丈夫だって」
『あと携帯は手放すな、いいな』
「うん」

 さすが志摩、頼りがある。
 すっかりは志摩のことを信頼しきっていた。



 翌日。
 コンコン、と音がして名執が入ってきた。
ちゃん、おはよう」
「・・・おはようございます」
 何処となく愛しみが混じった目をしているのは気のせいか。
 ・・・何処と無く、子供や孫を見る目に似ている。
 でもには解らない。

「じゃあ朝食を持ってくるね」
 と一度出て行く。
「・・・このまま居るのは宜しくないよね」
 左足を見る。・・・枷よりも厄介な鎖が巻き付いて取れそうにない。
さえあればねぇ・・・」
”とはの相棒である棍のこと。
 依頼の時は持っていた棍は、きっと名執に没収されているのだと思う。
 棍があれば、こんな鎖砕いてやるのに・・・と、悔しそうだ。

「・・・そーだ!!」
 ふとの目に入ったのは、鉄格子。
 その一つの棒が取れれば棍代わりになるだろうか。
 一本一本に手を添え、ガタガタと動かしてみた。
 ・・・取れない。
 次々に手を添えて動かそうとするが、動くことはなかった。

ちゃん、何をしてるんだい?」
 はっ、と気付いたときには遅かった。
 朝食を持ってきた名執は、笑顔のままで言っていたから尚更怖い。

「・・・名執さんさぁ、私をどうしたいの?」
ちゃんはただ此処に居てくれればいいんだよ」
 名執は笑顔のまま、朝食を近くに置いた。
 目が、「食べなさい」と言っている。
 仕方なく朝食に手を伸ばしたとき、下の階からチャイムが鳴った。
 きっと志摩くんだ。少し心の中で安堵させただが・・・

「・・・チャイム鳴ってますよ」
「いいんだよ、チャイムなんて」

 僕はちゃんと一緒に居たいんだから。
 そう言うのは目の前にいる名執。・・・古希突入間近の男。
 にとって、少し厳しいものがある。

 絶えずチャイムは鳴り続ける。

ちゃんはお母さんをとても大切にしてたよね」
「へ?」
 お母さん?イタリアに居る母親を??
 確かにお母さんは好きだけど、なんでそんなことを名執さんに言われなきゃいけないんだろう。
「そうだ、ちゃんのために和菓子も買ってきたから一緒に食べよう」
「は?」
 私、和菓子嫌いです。
 心の中で突っ込んだだ。
「え、なんで和菓子ですか?」
ちゃん好きだったろう」
 いつ、が依頼人に「和菓子が好き」だと言ったのだろう。
 答えは簡単。言っていないんだから。

 やばい。
 直感でそう判断したが、逃げようにも状況が邪魔して逃げられない。
「・・・名執さん、私を誰と重ねてるんですか?」
 その答えは聞くことが出来なかった。

 バァンッ!!!
 下からドアが蹴破られる音が聴こえた。
「なんの音だ?」
 流石にその音を怪訝がった名執は音のするほうを見た。
 ダダダと走って、次々とドアが開く音がする。
 音に合わせるように、声を上げた。昨日の夜と同じ言葉だ。
「わんっ!」
 まるで犬が飼い主を呼んでいるようだが、聞こえてはいるだろう。

「志摩くん、やっときたわね」と呟くの言葉に、目を見開いた名執だが、やがて笑顔に戻った。
「・・・ちゃん、ちゃんとお味噌汁も食べないと駄目だよ」

 朝食のことだ。
 確かには少ししか食べてない。

「ほら、食べて」
 名執は何を考えているんだ。
 心の中でそう思っただが、器を持って少しだけ口に流した。

「・・・・・・・・え?」
 ほんの少し、飲んだだけだった。
 グラッと頭が重くなったように倒れこんでしまった。
 そんなを受け止めた名執は一言、

「眠ってたほうが似てるんだ、君は」
「誰にだよっ!!!!」
 突然の言葉に驚いて振り向いた名執は、息を切らせてる志摩を見た。
 今までが何処に居るのか探していたのか、志摩はぜぇっぜぇっと激しく切らせていた。

「っ!!」
 名執の腕の中で眠っていたを見たのだろう、ギッと睨んだ。
「てめーに何やった!!!」
 しかし名執は微笑んだまま、
「あぁ、君が“志摩くん”か」
 焦ることもない名執の微笑みは、何処か哀しそうな表情も見えた。
「安心しなさい、睡眠薬を飲んだだけだよ」
 そっとの髪を撫でる。
「もう、夢が覚めてしまうのか」
「はぁっ?!」
 名執に対して警戒していた志摩は、徐々に名執の哀しげな表情を読み取った。
「・・・どういうことだ?」
 少しずつだが、を見ながら名執は口を開いた。



「僕には一人の孫が居たんだ・・・ちゃんにとてもよく似た、ね。
“弥生”と言ってね、本当に可愛かったんだ。
 彼女の両親と一緒に住んでいて、弥生ちゃんは本当に母親が好きだったんだ」

 志摩には、名執がを見る目がとても愛しそうに思えた。

「だけど・・・両親が離婚してね、母親は彼女を捨てて出て行ったんだ。
 息子も弥生ちゃんを可愛がらなかった。新しい女を作って家を出たんだ。
 僕だけは彼女を可愛がった。宝だったんだよ。だけど、彼女はある日・・・首を吊ってた。
 ・・・きっと寂しかったんだ。だから今度は・・・」

「・・・今度はを見立てたってワケか」
 彼女の足についている鎖を見た志摩は、途端に怒りが湧き出たみたいだ。

「お前、なにか勘違いしてるぞ」
 立ち上がった途端、思いっきり名執を殴りつけた。
「代わりなんて誰にも出来やしねぇんだよ!!」

 飛んでいった名執を気にせず、志摩はを抱える。
「警察にも言わねーよ。理由を聞いたが反対するだろうからな」

 足の鎖を断ち切り、抱き上げた。
「でもな、よく考えるんだな。はその弥生ってヤツでもなけりゃ代役にもなれねぇんだよ!」



 志摩が出て行った後、名執は一人呆然としていた。
 見ていた先は、天蓋付きのベッド。
 きっとこの部屋は“弥生”の部屋だったのだろう。
「弥生ちゃん・・・」





「・・・ん・・・・ふわぁ・・・」
 意識を取り戻したは、ゆっくり目を開ける。
「お、起きたか?」
「ん〜・・・志摩くん?」
 近くに見えた志摩は「なんで“?”をつけてんだよ」と怒鳴っていた。

「・・・状況が読めないんだけど、なんで私は志摩くんに持たれてんの?」
「持たれてるって・・・もっと良い言い方ないのかよ」

 を抱き上げたまま歩いていた志摩は、通りすがる人々からいろんな目で見られていた。
 徐々に頭がはっきりしてきたは、頬を赤くするほどだ。

「で、名執さんは?」
 全てが夢かとさえ思われるだろう。
「あぁ、片付いたぞ!」
「・・・そう」

 それよりも降ろして欲しいなぁ・・・
 本当に恥ずかしくて名執どころじゃないは、家に帰ってから事情を聞かされるハメになったのだった。