志摩と香には敢えて教えず、は家の中に入った。
しかし、今度は志摩たちも中に張り込ませる。
運が良かったら、会えるだろう。
もう一人の“蛍瀬 蓮那”に。
「では、夕食は私が作るね」
蓮那は微笑んで、キッチンに向かった。
「やりぃっ!食費代が浮く〜」
「志摩くん、そんなことばかりね」
微笑みながら、も席を立つ。
「どうした?」
「ちょっとね。ゴミ箱は見せちゃダメだし」
「ゴミ箱ぉ?」
志摩は怪訝な顔をして聞く。
は頷いて、苦笑した。
「鶏の不幸な戒めが可哀想でしょ?」
どっちかと言えば、食事前には見たくないものだ。
しかし、放っておくことは出来ない。
「蓮那ちゃん、手伝おっか?」
振り向いた蓮那は微笑んだ。
「はい。ではお願いしますね」
敢えて、はゴミ箱を開けることはしなかった。
蓮那からゴミ箱を遠ざけて、気付かすことはなかった。
「・・・ね。連那ちゃん」
火をつけていた蓮那は、きょとんとしてを見た。
「なに?さん」
「・・・・・・・ごめんね、過去を抉るようなことを言うよ」
そう言って、再びは口を開く。
「昔・・・虐待にあってたことは・・・ある?」
しかし蓮那は首を横に捻り、
「虐待?ううん、ないと思う」
そう微笑んだ。
やがて、もうすぐ料理が完成しようとしていたとき、
「いた・・・頭痛い・・・」
蓮那は蹲り、頭を抑えた。
「連那ちゃん、大丈夫・・・」
近づいたはふと気付いた。
そして、やっぱりと言いたげに唇を噛んだときだった。
突如立ち上がり、横・・・つまりに向かって持っていた包丁を振った。
間一髪で避けただが、次が待ち受ける。
「お前・・・どうして俺の邪魔をする!」
料理の入っていた皿を投げつけた。
「わわ・・・」
避けるため、はダイニングに出る。
「どうした?」
「犯人のお出ましよ」
スカートに挟んでいた棍を取り出し、素早く3節を繋げ、組み立てた。
の顔は、少し怯えているようにも取れる。
彼女のあとにキッチンから出てきたのは、目が据わっている蓮那だった。
「蓮那っ!?これはどういうことだ!!」
「キミ、名前は?」
いつもとは打って変わって、男のような低い声で発した。
「蛍瀬 蓮」
呻くような声だった。
「蛍瀬 蓮さん、御用改めです」
いつもの台詞を言うが、の額には冷や汗が。
「っ!?説明してくれよ!」
見かねたしまは立ち上がりながら叫んだ。
棍を握りなおし、は答える。
「蓮那さんは多重人格だったのよ」
「「多重人格だって!?」」
『蓮』と言った・・・見た目は蓮那だが、男は、を睨んで叫んだ。
「コイツが邪魔をしやがるからだ!!」
「なんで蓮那ちゃんを困らせるようなことをしてたの?」
睨んだ顔は、変わらない。
でも、目が少し翳った。
「蓮那は・・・昔、虐待を受けていたんだ。お前の言った通りにな。
俺は虐待用の人格だった。それは解ってる。」
また、目が怒りに燃えた。
「両親を殺したのも俺だ!蓮那は事故だと思っているがな。
俺は必死で蓮那を守ろうとした・・・・・・なのにコイツは俺の存在すら知らない!!」
包丁を持つ手がに向けている。
人を殺すことなど慣れているようだ。
「だから・・・俺は自分の存在をわからせるために、嫌がらせをした。
しかし蓮那は俺だと気付いていない。まさかもう一人の自分がいるなんて思ってもないんだ!!」
多重人格・・・
香と同じだ。
でも、『キョウ』とは違った蓮は、戦闘心をむき出しにしていた。
気付かれない悲しさ・・・きっと、誰もわからないだろう。
「邪魔をすれば、殺す・・・お前を殺してやるっ!!」
『蓮』はいきなり走り出し、包丁を構えた。
「っ!!!!」
は棍で受け止めるが、まさかもう一つの手にも包丁が握られてるなんて、誰が考えよう?
「死ねぇぇっ!!!!」
もう一つの手に気付いたは、向かってくる包丁を咄嗟に掴んだ。
「いっ゛・・・・!!」
痛さで顔が歪む。
手からはとめどなく血は流れるだろう。
しかし、握った包丁は離さなかった。
棍を片手で回して片方の包丁を叩き落とし、素早く掴んでいるほうの包丁も叩き落した。
「うぎゃあっ!!」
『蓮』は呻いて跪いた。
そこを志摩は見逃さなかった。
『蓮』の両手を取り、近くにあった縄で縛る。
「・・・何で縛ってるの?」
「外見は女だからな。」
蹴るのは気が引けたのだろう。
香はの右手を見た。
左手で抑えるものの、そこからは血が溢れている。
向かってくる包丁を掴んだ上、棍で叩いたことで更に深く入り込む。
前もあったが、そのときは力が弱い女性だったため、深くは入らなかったが・・・
今回は外見は女性とはいえ、男性の力があるのだ。
結構深く入っていて、痛さで涙目にまでなる。
「!おまえ無茶するな!」
縛った志摩は、そのままの元に向かう。
解こうとしたが、志摩の縄はとても頑丈に縛ってあるため、『蓮』も解けない。
「あはは、お手柄。」
「何がお手柄だ!!」
志摩は怒鳴るが、ふと目を香に向けた。
「香ちゃん、警察に電話してくれ」
「あぁ、解った。志摩さんはの手当てよろしくな」
「任せとけ」
志摩はを見たが、怒りに満ち溢れている。
「・・・だって、面白くないでしょ?すぐバラしちゃったら」
はそういうが、少し反省の意を込めてみた。
「これが面白いのか?」
しかし志摩は怒りの形相での手を持ち上げる。
いたた・・・と小声で唸った。
「・・・ごめんなさい」
今回は、が悪い。
この言葉を聞いて、志摩はやっと優しい顔に戻った。
「で、何で解ったんだ?」
「・・・ん?・・・いや、実はあの時蓮那ちゃんが変わったのを見たのよ」
それで、体が震えていたのだった。
「・・・そうか。でも、無茶はするなよ」
ビシッと指を指され、は頷く。
「俺や香ちゃんを頼れ。お前は一人じゃないんだから」
は微笑んで、頷いた。
「・・・そだね。頼もしいもんね」
それにしても・・・と、香は電話をかけ終えてたちのところに戻ってきた。
「志摩さん、料理台無しだよ」
「あぁっ!!本当だっ!!!」
志摩は立ち上がり、料理の残骸を見つめた。
もう、食べれそうにない。
「・・・作ってあげるから、そんな顔しないの」
落ち込んでいる姿はとても可哀想だったらしく、はそう呟いた。
すると打って変わったように志摩の表情は明るくなり
「マジかっ!?」
「マジマジ」
そういって、は立ち上がった。
いまだ暴れている蓮那・・・いや、『蓮』の方を向く。
「・・・どーも、永倉屋です」
「・・・おまえ、何今更言ってるんだ?」
「ぅん・・・言い忘れたなぁ・・・って」
微笑んで、は再び座った。
警察を待つのだろう、志摩もその後のの手料理が楽しみみたいだ。
だが、見かねた香が一言。
「・・・、その手で作れるのか?」
「・・・あ゛っ!!!!」
「なにぃっ!!!!?????」
お後がよろしいことで。