夏休みの真っ只中、午前7時。
 ゆっくりと永倉 はベッドから起き上がった。
 リコも起き上がり、を見る・・・のが日常だ。
 しかし、リコが見たのは窓の向こうだ。

「・・・・・・ん〜・・・リコ・・・?」
 眠い目を擦りながらはリコと一緒に窓を見た。
 キラッと光る。
 なに・・・望遠鏡?

「ちょっ!!!」
 一気に覚醒した。
 そして、ガバッと立ち上がった。

「なにしてんのあいつ!!!」






窓の先、鏡の先






 の家は、塀で囲まれていた。一階の5分の1は覆われている。
 そして、塀の隣に大通りがあり、その向こうに家が建っている。
 そこから、の家に望遠鏡を向けているのだ。

「・・・あそこの住人は誰だっけ・・・」
 は唯一窓の無い部屋に入って着替え、頭を抱えていた。
 しかし、思い出せないのも当然だ。
 彼女はそこの住人と接点なんて何も無い。

 やがて、ガチャッとノブが下りてリコが現れた。
「・・・・・ん?あ、散歩か!!」
 はちょっと驚いたけど、やがてリコがムッとしてるのに気付いて急いで出た。
 とリコの散歩コースは決まっている。
 塀の隣の大通りを通っていく。
 そのとき、キッと睨んでやった。
 望遠鏡が鈍く光る。

「リコ、なんなわけ?望遠鏡で人の家覗くなんて最低!!」
 一層早く歩き、遂にはリコを抜いていった。




「はぁ〜、なんなのよ・・・」
 相手に向けられた愚痴は、もうすぐ家に着くというのにまだ続いている。

「あ、永倉さん」
「へ?」
 ふと、呼ばれて後ろを振り向いた。
 知らない男の人だ。
「僕、近所に住んでるんだけど知らない?」
「・・・ごめん、知らない」
 少し年上の男は少し残念そうに笑った。
「安曇 稔次だよ」
「あずみ・・・さん?よろしくお願いしまーす」
「うん、よろしくね。」
 すると、散歩の途中なのかスタスタと歩いていった。
「・・・安曇さん・・・聞いたことないなぁ?」
 は不審に思いながらもリコを中へ入れた。

 窓を見ると、微かに光る。
 まだ、向けられていた。
 カーテンを閉めてやりたい気持ちになるが、こんな朝から閉めているのは気が引ける。

「べつに見る物なんてないだろうに」
 先ほどの怒りは何処に行ったのか、クルッと向き直って朝食を作る準備を始めた。
 リコと共に朝食を食べ、は仕事が入っていないかチェックをするために2階へ上がる。

「ん?1件入ってる」
 パソコンに向き直り、メールをすぐにチェックする。
 それは、依頼だった。

『From:笠置 明良  Subject:依頼内容
 始めまして、「永倉屋」さん。実は、お願いがあります。
 自分の家を掃除して欲しいのです。彼女が来るので、部屋をどうにかしてください』

「・・・・部屋の掃除?なんだ、簡単じゃない」
 は一瞬忘れて、志摩にメールを送った。
 しかし、光に気付いたのはすぐだった。


 翌日も、光は止むことは無かった。
 窓の先から見える鏡に、気が気じゃなかった。
 それでもは仕事はこなす。
 待ち合わせをしたは、志摩と笠置の家へ向かった。(香は仕事なため、いないが)
「どーも、永倉屋です!」
 部屋から、笠置が現れては叫んだ。
 笠置は快く二人を迎え入れた。
「ワンルームか。これならいけるな!」
 笑いながら志摩は言った。
「ほんと、出てるのを元の棚に戻して、ゴミを入れちゃえば終わりね」
 もだ。

「「ちゃっちゃとやろう!」」

 は戸棚に入れる仕事、志摩はゴミを片付ける仕事を見事にこなし、
 順調に進めて行った。




「よし、こっちは終わったぞ!」
「こっちはもっと早く終わってるけどね〜」
 それから2時間、二人はぴかぴかにして終わらせた。
 少し新築らしく、綺麗な部屋が戻ってきた。

 しかし・・・なにやらいつもの雲行きになってきた。
「まぁ、俺のほうが多かったしな」
「なんですって?」
「俺のほうが優秀だな」
「ふ〜ん・・・もううちにこさせないわよ」
「んなっ!!」

 ・・・今日は志摩の負けだ。
 の家に行けなくなると、涼む場所が無くなる。
 めちゃくちゃムスッとしている志摩を宥めるのは大変だった。
「ねぇ、ちょっと・・・無視しないでよ志摩くん!!」
「・・・・・・・・・」

 あちゃ・・・コレは怒ってる。
 志摩の恐ろしさに今気付いたは・・・一言。
「・・・・昼食1週間でどお?」
「乗った!!」
 この変わりよう・・・もしかして。
「・・・まさか、計ったわね!!?」
 笠置の依頼も忘れて、と志摩が言い合ったのはこの際忘れておこう。


 依頼が終わっても、の家に帰るまで二人の言い合いは続いていた。


「だからってあれはひどいって!!」
「引っかかる方が悪いだろ?」
「昼食を1週間作るのに、お金だってかかるんだからね!」
「・・・え、作ってくれるのか?!」
 言い合いを止めたのは志摩だ。
 目を輝かせて、嬉しそうに言っている。
 まるで尻尾を振った犬のようで、リコがムッとしてる。
「もう作らないんだからねー」
 鍵を開け、は先に中に入ってドアを閉めた。

 しかし、志摩はボーッとしていた。

「・・・・・・あれ?」
 何か変な気持ちがあったのか、それをかき消すといつものように家の中に入っていった。
 そこには遠慮が無かった。

 志摩の姿も、鏡の先に映っていた。




「なー、作ってくれよっ!」
「やだ」
「このとおりだっ!!」
「・・・・やだ」
「悪かったって!なぁっ!!」
「・・・・・・また」
「へ?」
 の目は志摩ではなく窓の方を向いていた。

「・・・どうした?」
 志摩も、雰囲気を察したのか窓を見る。
「・・・ううん、なんでもない」
 気付いたはすぐにカーテンを閉めた。
 しかし、志摩は見逃さなかった。

「・・・今、何か光ったろ」
「へ?」
 どうしてこの人は変なところが鋭いのだろう。
 は思わず感心してしまった。

 でも、変なところが素直じゃないのが
 笑顔を作って、一言答えた。


「ううん、何でもないよ」