「そういえば、1階奥の理科室の鍵が無いって言っていたような・・・」
 萱野はそう言った。
 其処だ、と確信したものの、悪いことは重なるものだ。

 一難も去らないうちに、また一難やってきた。






謎の仮面]の正体を破れ!!






「よしっ、理科室に向かうぞ!!」
 二人は聞いたや否や、部屋を出ようとした。
 しかし、萱野の様子が可笑しい。

「ぅ・・・っ!」
 いきなり、胸を押さえて倒れたのだ。
「ちょっ、萱野さん!!」
 いきなりのことで間に合わず、ドサッと倒れこんだ萱野の元に集まる。
「志摩さん、俺が居るから早くのところに!」
 咄嗟に香が叫んだ。
 志摩は躊躇したが、香の言うとおりだ。
 今はが一番心配だ。
「・・・あぁ、分かった。警察も呼んでおいてくれ!!」
「分かった!」
 志摩はそういって、急いで部屋を出て行った。

 目指すは理科室。
 志摩は、全速力で向かった。





 ・・・・なんか、頭が重い・・・
 そんな衝動に駆られながら、は頭を上げた。
 ここは、見覚えのある理科室。
 しかも、いつも自分が座っている窓際の席だ。
「目が覚めたんだね」
 ふと、機械音が聞こえた。
 その瞬間、ふと自分の置かれている状況が分かった。
「なっ!!」
「おっと、左手は動かさない方がいいよ」
 は咄嗟に左手を止めた。
 空中で止めるのは辛いが、理由がよく分かった。
 左手は手錠で繋がっていて、鎖が伸びている。その鎖は薬品の棚に結ばれていた。
 今はたるみによって大丈夫だが、鎖を動かせばそこの棚から火薬瓶が落ちそうになっている。

「・・・キミ、誰なわけ?」
警戒の目で睨むと、逆相手は笑った。
そして
「俺だよ」
 すっと、仮面を取った。
 そこにいたのは、が毎日目にしている人物・・・椎野だった。

「・・・へ?」
 いつも、誠実であっけらかんとしてた椎野くん?
 どうしてそんな格好をしてるの?

「ほんと、気付かないんだよねーって」
「え、私のこと、名前で呼んでたっけ?」

 気絶しても、離すこととの無かった棍が、手に握られている。
 反撃は出来るか?
 いや、左手が封じられている限り、反撃は不可能だ。

「俺さ、のことが好きだったわけよ。ほら、手紙の件があるじゃん?アレね、俺が仕組んだの。
 あの後俺が颯爽と登場するはずだったのにさぁ、自分でやっつけるし」

 まさか、あの事件も椎野が絡んでいたとは思わなかった。
 もはや、あの頃とは違う冷酷な目つきしか分からない。

「な、んで・・・」
「なんで?キミが気付かないからだよ。だから、何人も襲ったんだ」
 椎野は窓の外を仰ぎ見た。
が欲しくて、俺は何人も襲った。に似ているやつをね。
 でも・・・全然似ていない。のように小さめの制服じゃなければ、大きな家でもない。
 まして、髪の毛なんてさらさらしてないし、スタイルなんて全く別人だった」
「な・・・」
 なんで知っているのか。
 どうしてこんなことまでするのか。
 聞きたいことはあるが、ショックなのか声がでない。

 椎野はちょっとずつに近寄る。
「でも・・・今度は本物の。俺のだ」

 気持ちが悪い、気味が悪い。
 近寄らないで、触らないで。
 散々言葉を探すが、声には出ない。

 ・・・志摩くん・・・っ・・・
 気付けば、彼の名前を呼んでいた。
 助けてくれる、と思った。





ッ!!!!」
 ドアが乱暴に開き、馴染みの声が聞こえた。
 来てくれた。
 その愛しい声に耳を澄ます。
 愛しい・・・今はその意味に気付いていないが、それどころじゃない。

「志摩くんっ!」
 女装中の志摩だが、気迫はいつもの通りだ。

「誰だっ!俺のを気安く呼ぶなっ!!」
 椎野の言葉を聞いた瞬間、の両腕が鳥肌でいっぱいになった。
 志摩は途端に顔を歪めた。

はお前のじゃねぇだろっ!!!」

 一瞬のことだったが、は見てしまった。
 志摩は勢いよく走り、ジャンプをして思いっきり椎野にドロップキックを食らわした。
 それは、とてもとても綺麗な飛び蹴りだった。

「うわ・・・・」
 は思わず顔をしかめた。
 今のは痛かったに決まっている。

 椎野はよろけると、理科室を出て行った。
 逃げたのか、何かを取りに行ったのか。

 どっちにしても、志摩には問題じゃなかった。
 問題なのは、だ。





、大丈夫か!?」
「うん・・・でも、今のは痛かったと思うよ?」
「何行ってんだ、ほら左手を貸せ!」
 志摩は中に浮いていた左手を見た。
 そう言ったが、一時止まって。

「・・・お前、手錠好きだな」
「・・・別に、好きでなってるんじゃないよ、いつも」

 ったく・・・と、志摩は鎖を持った。外す気だろう。
「ちょっ、志摩くん駄目っ!!」
 しかし、の声は無常にも届かなかった。

 棚の方でガシャンという音が聞こえた。
 灯油が撒かれていたのか、ゴォッと一気に炎が棚の隅を覆った。

「なんだ・・・・」
 振り返った志摩の目に、炎が映った。

「他のと混ざると爆発・・・って志摩くん!?どうしたの!!」
 突然、発作が起きたように志摩はうずくまった。
 呼吸が乱れて、汗がいっぱい出ている。
「ちょっ、え・・・」

 は動転したが、すぐ気付いた。
 キッと前を見据える。
 志摩が可笑しくなったのは、炎を見てから。
 じゃあ・・・っ!!!!!

 は咄嗟に、机の隣に常備設置されている水道の蛇口をつかんだ。
 少しホースがついていて、そのホースを持って炎に向け、思いっきり蛇口を捻った。

 勢いよく水が出て、まだ小さかった炎はあっという間に消えた。


「志摩くん、大丈夫?」
 消えてから5分は経ったか・・・やがて志摩の呼吸は整ってきた。
「どうしたの・・・・?」

 苦しそうだが、志摩は口を開いた。

「・・・おれ、火がダメなんだ・・・父さんと母さんが火事で死んで・・・それから・・・・」



 それだけだが、にはよく伝わった。
 志摩はつらそうな顔をしている ―― が初めて見る顔だ。

 ごめんなさい・・・
 咄嗟に、の心の中に浮かんだ言葉はこれだ。
 自分は志摩のおかげで髪だって切ることができたのに・・・志摩はに言わない。
 その優しさは彼らしいけど、辛い部分は分かち合えたら良いと思う。

「へーぇ?」
 ふと聞こえた、場違いな感心声。
 志摩は怪訝に思ってを見た。
 もう、大分大丈夫なようだ・・・。
「・・・・・なんだよ。」
「う、ううん・・・志摩くんでも弱点があったんだね」
 は涙目で笑っていた。
 でも、笑って涙目になったのかは、志摩には分からない。
「あははっ!!!」
「・・・だーもう!笑うな!!お前だってトラウマがあるだろ!?」
 段々ムカついてきたのか、志摩はそうに怒鳴った。

 しかし、返って来たのは怒鳴り声じゃなく、笑顔だった。

「ほら」
 座り込んで志摩と同じ背丈になったは、大きく両手を広げた。
 そして、そっと志摩を抱きしめた。
「んなっ!!!」
 離れようとしたが、
「なに、私じゃ悪いわけ?」
 とムッとした声を出し、は志摩の背中を叩いた。

「あーゆーときは、人肌が恋しくなるんだから」

 そう、にも同じようなトラウマがある。
 志摩と同じ、些細なものなのだが、それで辛くなるときはある。
 そんな時、いつも兄や愛犬に抱きついていたのだ。


「私ね、志摩くんと香ちゃんに触っても震えが起きないの。
 でもさ、それって二人の、何らかのトラウマで辛くなったときに、傍にいて、手を繋いで、
 抱きしめてあげなさいって神様が言ってるのかなって思うのよねー」


 その間、志摩はただ黙って、じっと抱きしめられていた。
 泣きたかったのを堪えていた。


 その後、理科室に香が来て、椎野は警察に捕まったことが知らされた。
 萱野が倒れたことをに伝えておいてたが、それは持病のことだから安心していいらしい。
 が言ったとおり、数日後には萱野は元気に戻ってきた。



 後日。

「はぁ〜、やっと依頼も終わったねー」
 涼しいの家に、彼女と志摩、香が居る。
 志摩は涼しさが丁度気持ちよかったのか、ソファの上で眠っている。
 香は本当に疲れていたようで、でも「そうだな」と返ってきた。

「それにしても、私なんでか知らないけど、あの時志摩くんが来てくれるような気がしたのよ。まぁ、実際来たんだけど」

 リコの背を撫でながら、そして開いているほうで烏龍茶を飲みながらはそう苦笑した。
 それを聞いた香は、脳裏にある疑問が浮かんだ。
 もしかして、志摩さんのことが好きなんじゃないか・・・?



 しかし、根拠は無いため、香は気付かないフリをした。

 当事者は、まだ何も気付いていないが―――――・・・