「なっ!!!」「うわあっ!!!」

 朝、7時。
 二つの声が重なった。






一夜明けて・・・






 事件は、昨日の夜。
 丁度は夏なので素麺を茹でようかと思っていた。
 何玉茹でようかとリコと相談していると、聴き慣れた着信音が聞こえた ―― 香だ。
「どうしたんだろ?」
 こんな時間に香からかかって来る事は少ない。
 何かあったのかと思い、素麺を離して電話を持った。
「はい」
『あ、?』
 向こうから、聞き慣れているいつもの声が聞こえる。
「うん、そうだけど。どうしたの?こんな時間に」
『実はさ、志摩さんの家が調整工事中で今来てるんだけど、も来ないか?』
「・・・えっと・・・それ、志摩くんの案?」
『あぁ、よく分かったな』
 こんな時間から女の子を誘うなんて馬鹿げた提案をするのは志摩しかいない。
 後ろから、騒々しい志摩の声が響く。
「ん〜・・・でも、今からお素麺茹でるしなぁ・・・」

『なにっ!!素麺か!!!』
『うわっ、志摩さんっっ!!』
「・・・えっ・・・お素麺がどうかした・・・?」
『よしっ!!の家に泊まりに行くぞ!!!』
『「はあっ!!!?!?」』
 と香ちゃんの声は見事に重なった。

「へっ!?そんな急なっ!!」
『てゆーか志摩さん、素麺があるからだろ!!』
『おう、まぁな!!香ちゃんも行くだろ?』

 ・・・いや、別にうちはいいんだけど・・・
 お母さんとお兄ちゃんはいいけど、お父さんにだけは、知られないようにしなきゃなぁ、とは思った。
 男を泊めたことが海外の父にばれれば、は即刻イタリア行きだろう。

『・・・の家はいいのか?』
 香の声が聞こえる。
 志摩とは違い、遠慮というものがある。
「あーいいよ。素麺もいっぱい貰ってるし」
『マジかっ!?よし、行くぞ!!』
『ちょっ、志摩さん!!じゃあこれから行くから』
 そう言って、忙しそうに香ちゃんからの電話は切れた。

「・・・・・・お素麺、ほんといくら茹でよう・・・」
 リコは首を傾げてしまった。


 考えた結果、4玉茹で終えたは、冷やして3つの容器に入れた。
 お盆に乗せたとき、大きな音で家中にチャイムが響いた。
「はいはい!」
 モニターの前に向かい、ボタンを押すと画面に志摩と香が現れた。
『よっ、来たぜ!』
「うん、じゃあ開けまーす!!」
『Open』と書いてあるボタンを押すと、は玄関に向かった。


「・・うわ・・・」
「相変わらずこの家はすげぇなぁ・・・」
 ギギギと大きな門が開き、いつも見る庭が現れた。
 自動で開き、自動で閉じる門は金持ちの証だろう。
 志摩と香は唖然としながら、そそくさと歩いて玄関に向かった。

 ガチャッと扉が開き、は微笑んだ。
「素麺!!」
 ・・・が、志摩の一言でその笑顔はフリーズした。
「・・・ねぇ、そんなにお素麺が好きなわけ?」
 香にいらっしゃいと言い、次に志摩に呆れた視線を送った。
 しかし本人はケロッとした様子で「夏はやっぱり素麺に限るな!!」と喜んでいる
 まぁ、そうなんだけど・・・
 何故か、は納得したくない衝動に駆られてしまう。

 それからと志摩と香は素麺を食べ、座談会を繰り広げていた。

「なぁ〜、なんか面白いものねぇのか?」
 夜の11時、遂に座談会も飽き始めていた。
 志摩の言葉に考えるだが、ふと、閃いた。



 閃きの発端は、の親友の七朝 莉璃と逸目 飛鳥の言葉だ。
「ねぇ!」
「お酒って飲んだことある!?」
「・・・はぁ?」
 お酒って・・・私たち何歳だっけ!?もう20歳の高校生?
「飲むわけ無いよ」
 すると莉璃と飛鳥は「えぇ〜!!!」と叫んで、
「「なんで!!!」」
 と、双子も吃驚するほど息のあった返事を返してくれた。
「え・・・の、飲んでるの?」
 まさか・・・と思って聞いたら、案の定二人はものすごく首を縦に振った。
は飲まないの?」
「美味しいのに〜」
「おっさんコメントはいいよ、飛鳥。だって私炭酸すら飲めないもん」
 確かに、は炭酸が飲めない。
 炭酸も飲めないのにアルコールが飲めるほうが可笑しい、と言うのが彼女の主張だ。
「あ、そっか・・・。まず、炭酸嫌い克服してみる?」
「志摩くんみたいな恐ろしい笑みを引っ込めて。克服する気なんて無いから!」
 二人はちっと舌打ちして、考え込んだ。
「ちょ・・・莉璃?飛鳥??」
 机の下にまでの視界は行かない。
 彼女が身を乗り出して何してるのか見ようとした途端・・・
「そーだっ!!!」
「あだっ!!!!!」
 丁度真下にあった莉璃の頭が、もう突進してのおでこにぶつかった。

「・・・あ」
「だ、大丈夫?・・・」
「ううぅ・・・・」
 おでこを抑えてうつ伏せるに、しばらく心配をしていた二人だが、そこまで優しい奴らではない。
「で、考えたのよ!!」
「莉璃・・・もぅちょっと心配してよぉ・・・」
 の言葉は即座に却下され、飛鳥は莉璃の目を見る。
 言葉は、にも分かる。
「なになに!?教えて〜!!!」
 無視をされてしまったは、無性に泣きたい気分になった。
 しかし、莉璃の言葉は続く。
「志摩くんとキョウに飲ませたら、どうなるんだろ!!!」
「おぉ〜面白いことを考えるなぁ、あんた!」
「・・・・は?」
 志摩くんと香ちゃん??
 ・・・ってことは・・・?
「誰が飲ますの?」
「「勿論あんたに決まってるじゃない」」

「・・・なんでっ!?」



 そんなことがあったっけ・・・
 やはり、も莉璃と飛鳥の友達だ。
 考えることは同じだろう。

「・・・じゃあ、いいもの持って来てあげる!」
 ふふふ・・・と、あのときの莉璃のような笑顔をして、はそそくさとダイニングルームに向かっていった。

「・・なんだぁ?」
「さぁ、なんだろうな・・・」
 あの笑顔にさすがの志摩と香も怪訝そうな表情をした。
 だが、帰ってくるの笑顔があまりにも楽しそうだったため、二人の表情も緩む。
 そして次の言葉を聞いて緩んだ顔が台無しとなる。

「じゃじゃーん!!お酒持ってきた!!」
 が持ってきたお盆には、3つのコップに焼酎2本、そしてお茶が乗っていた。
「・・・・鮭?」
「志摩さん、酒だよ・・・」
 二人の表情が強張った。

「さぁ志摩くんも香ちゃんも飲んで飲んで!」
 と、二つのコップにお酒を注いで二人の前に置く。
「・・・?」
「おれら、未成年だけど?」
 しかしは笑顔を崩し、
「・・・莉璃と飛鳥は飲んでるって言ってたよ?」
「そりゃお前の友達が悪いんじゃねぇか」

 二人の声に合わせたかのように、の顔が途端にどんどん暗くなり・・・

「・・・ひどい・・・せっかく持ってきたのに・・・」
 うるうると瞳が濡れていき、ぽろぽろと涙を零し始めた。
 リコは慰めるようにの涙を舐め、キッと二人を睨む。
「なっ!!!」
!なんで泣くんだよっ!!」
 ぎょっとした二人をリコはまだ睨む。
「ぅわぁ〜ん、リコぉぉ〜・・・」
 は泣きながらそんなリコに抱きついた。

「・・・・・・っあ――!!」
 ガシガシと頭をかき、志摩は香に言った。
「香っ!!飲むぞ――っ!!」
「えぇっ!?志摩さんっ!?」
 まさかあの志摩が飲むというとは・・・、天晴れ。
 吃驚していた香も、の様子を見てしかたなく思ったのか、
「・・・飲むか」と苦笑して、志摩に言った。

ー、飲むから泣き止めよ」
 リコに抱きついたまま泣いていたは、その言葉を聞くなりガバッと顔を上げた。
「ホントッ!?」
 涙の跡など見当たらない。
「・・・・・・お、お前・・・」
「・・・・やられた・・・」
 あはは〜と、勝ち誇ったように笑うの手には目薬。
 そう、この恐ろしい女は“嘘泣き”という女ならではの方法で屈したのだ。
「さ、飲もうね。私は飲めないけど」
「・・・なんでだよ」
 不満たっぷりな志摩の声が響く。
 はケロッとして「炭酸とかも飲めないし」と言った。

 こうして、酒盛りが始まったのだ。





 どれくらい飲んだのだろう。
 香は日頃の疲れもあるため、リビングで眠っていた。
 そっと毛布をかけたは、しまった・・・と、頭を抱えることになった。

「おい、〜・・・もっと酒もってこ〜い!!」
「・・・志摩くん、もうだめだって・・・」
 抱えることになった原因は、こいつ。
 酒は強いのか、焼酎の瓶をどんどん傾けている。
 しかし、結構辛そうだ。
 が最初に持ってきた焼酎2本は空けられ(料理のときに困る)、買いに走ったビール缶も辺りに散らばっている。
 それでも飲んでいる志摩を見て、呆れの声を出す。
 何がイヤか・・・それはこの後片付け。
「絶対片づけを手伝わせてやる・・・」
 そう呟いたことを、志摩は知らない。

「ほら、客室に連れて行ってあげるからもう飲まないの!!」
 ビール缶を離させ、は志摩を立ち上がらせる。
 ふらふらになって立ち上がったあたり、志摩も結構限界に来ている。
 さっきから事件事件と、そんなに事件が起きて欲しいのかと疑うほどその単語を口に出している。

 肩を持ち、重い足取りで螺旋階段を登る。
 は重い志摩を心底棍で殴ってやりたくなるが、どうにか我慢だ。
 自分の部屋を過ぎ、バスルームの隣の部屋に連れて行った。
 電気をつけると、シンプルでスッキリしている部屋が分かる。
 小さなテーブル、そしてダブルベッド。
 全て白色で統一されている。
「ほら、寝て」
 ドンッと押し、志摩をベッドに下ろす。・・・乱暴に。
 しかし志摩は「ん〜〜〜」と、ボケているのかベッドの上でボーっとしていた。

「布団をかけろー!」
 世話焼きなのか、は布団を引っ張って、次に志摩の上にかけた。
「ふぅ・・・」
 やっと終わった・・・と、ベッドの横で項垂れていると、ふと、ガシッと掴まれた気がした。
 ・・・・・・えっ?
 右手首を見ると、布団の中から手が伸びて掴んでいる。
「志摩くん、寝ぼけないでよ」
 と、離そうとした

「うわあっ!?」
 グイッと引っ張られ、布団の中に入っていった。
 なになに?!と混乱していたの足の上に、ズシッと志摩の足が乗った気がした。
「ちょっ、寝ぼけるのもいい加減に・・・っ!!」
 これ以上言えなかった。
 の体の上に、志摩が乗っている。

 無意識に、記憶が重なった。

「ちょっ・・・・」
 叫ぼうと声を上げたが、果たしてすぐに叫ぶ声は止まった。
「う〜・・・ん・・・」
 志摩はドサッと倒れ、そのままの隣で眠りだした。
「・・・・・・・・・・・嘘でしょ、出れないし・・・・・・」
 ひと安心し出ようと思ったが・・・志摩の足で動けない。
 ・・・・どうしよう。
 真っ青になったは、どうにかもがいたが・・・
 自分家の気持ちの良い布団を恨みたくなりそうだが、そのまま気付けば眠り込んでいた。



 そして午前7時、冒頭に戻る。
「う〜・・・頭痛てぇ・・・」
 最初に志摩が目覚め、痛い頭を抑えながら起き上がる。
「・・・ん?」
 ふと誰かの足が見えた。
 そのまま顔を見た途端、志摩の酔いは一気に醒めた。
 いや、顔色が真っ青になった。
 そして次に目覚めたのが
「・・・ぅん・・・?」
 ゆっくり目を覚まし、むくっと起き上がった。
 目の前には、驚いたまま固まっている志摩。
 二人は至近距離で見つめ合っていた。

「なっ!!!」
「うわあっ!!!」
 午前7時・・・幸いにも、香が眠り込んでいるときに2つの声が重なった。

「な、ななななんで一緒に寝てるんだっ!!!?」
「こっちの台詞よ!!!!!・・・・・あっ!」
 昨日のことが蘇る。
「志摩くんが引っ張って、そのまま寝て、出ようとしているうちに寝ちゃった・・・!?」
 その通りです、ちゃん。

「お、おれが引っ張っただと!?」
「そうよ!キミがベッドの中に・・・」
「わぁ〜〜〜〜言うなっ!!!」

 しばらく混乱していた志摩の頭は、今フル回転している。
 とりあえず、コレは香ちゃんに知られてはいけないだろう。

「これは俺たちだけの秘密だからな、!」
「勿論!」
 も同じ事を考えていたのか、即答した。


 こうして、二人だけの変な秘密が出来てしまったのだ。

 余談だが、それでもこの後は志摩と香に後片付けの手伝いを命じたのだった。