まだ、怖いの?
 いつまで、怯えるの?
 髪を切ったじゃない。
 クロエはもう弾かなくなったじゃない。
 心の“時”は刻み始めても、体がまだ覚えてる。
 だからかな、知らない男の人に触られると震えちゃうの。






アルエ ―― 甦りし恐怖






 ジャッ、ジャッ、と響かせ、は学校に向かっていた。
 家から学校まで結構距離はあるのだが、ローラーブレードで行くと意外と近く感じる。
 制服のスカートをなびかせ、切ったばかりの髪の毛を背中で揺らせ、学校に向かった。
 下駄箱まで到着すると、軽快にローラーブレードを脱ぐ。
 そして、結構大きな靴箱に入れ、上履きに履き替えた。

「ん?」
 よく見れば、中に手紙が入っている。
 小さな手紙をあいてみると、中にはこう書かれてあった。

『永倉さま。話があるので放課後自分のクラスで待っていてください』

「おはよー
 丁度そのとき、の肩を叩いて現れたのは、七朝 莉璃。
 親友の一人だ。
「あ、莉璃おはよう。飛鳥は?」
「まだ見てない・・・ん?」
 ふと、の手の中にある手紙を覗き込んだ。
「どしたの、これ??」
 は隠すことなく言った。
「下駄箱に入ってたの」
「ふーん。で、待っておくの?」
「うん。だって、待っておくように書かれてるし」
 はそう言って、置いてあった鞄を持った。


 時はあっという間に過ぎ、放課後だ。
 気にしていた莉璃と飛鳥を早く帰し、は机の上に座って棍の手入れをしていた。
 部活やら帰宅やらで騒がしかった教室は、今はもう静寂を取り戻していた。
 が一人、座っているだけ。
 静かで、またこの静寂が嫌だった。

「まだかなー・・・もう帰りたいなぁ・・・」
 と、下を向いていたとき、ガラガラッと独特の音が響いた。
「永倉さん」
「はい?」
 知らない、男の子。
 でも、見たことはある。隣のクラスくらいか。

「まさか、残ってくれてるとは思わなかった・・・」
「・・・だって、話があるから残っててって書いてたじゃない」
「そうだけど・・・」

 男の子は後ろ手で扉を閉め、再び密室状態になる。
 男と二人っきりになるのは、嫌いだった。
 手っ取り早く終わらせようと訊ねた。思いの外早口だった自分に内心で驚く。
「で、何?早くして欲しいの」

 男の子は少しずつ近寄ってくる。
「あのさ、俺永倉さんが好きなんだ」
「・・・だから何?私はキミのこと知らない」
「これから知ってくれたらいいよ」

 両手を両肩に乗せる。
 怖い・・・なんて思う自分がいる。
 無意識で、小刻みに震えていた。

「付き合ってよ」
「嫌だって言ったら?」

 即答にムッとしたのか、無理矢理の唇に自分の唇を合わせた。
 ・・・いや、押し付けた。
「っ!!?」

 やだ、怖い怖い!!
 反射的に腕の力を強める。

「嫌っ!!!!」

 離れると、名前も知らない男の子は更にムカついたようで、何か言っている。
「俺はこんなに好きなのに」とか、「どうして永倉さんは」とか。
 どれも自分勝手な言い分だ。

 突然、を後ろに押した。
「ちょっ!!」
 ガタガタッと机や椅子が乱れる。


 床に押し倒された途端、フッとあの頃が浮かぶ。


「いやあっ!!!」
 男が制服のリボンを解いた瞬間に、近くに転がった鞄から『』を取り出した。
 三つに折れている棍を素早く組み立てて、男の腕を殴った。
「ぐあっ!!」
 低いうめき声を上げた男は、後ろに下がった。

 ザッと立ち上がり、まるで仕事中のように構える。
 しかし、眼に憎しみがこもっている。
 まるで志摩たちと会う前のような、強そうで怯えた瞳だ。

「う、うわあぁ・・・」
 先ほどの痛みですっかり怖気づいた男は、急いで教室を出て行った。



「・・・・・・・・・」
 そのまま、へたり込んだは、全身が震え上がっていた。
 あの頃の、あの思い出を体がまだ覚えているのだ。
 同じ状況になり、かなり震えている。

 従兄妹の名前が口から零れる。
 心から憎んでいて、同時に哀れむ対象である男の顔が目に浮かぶ。
 呼んだ所で何になるというのだろう。

「ありがと・・・・・・」
 ギュッと棍を握り締める。
 この棍に、何度助けられたことだろうか。

「・・・帰らなきゃ・・・」
 背中が、痛い。
 押し倒されたときに怪我をしているのだろう。
 ゆっくり立ち上がって、転がった鞄を拾い上げる。
 棍は、手放せない。
 またどんなことがあるか、分からない。

 すると、突然けたたましい音で携帯電話がなった。
 ビクッと肩を震わせたが、音を聞いて安心した。

「・・・・・・あれ・・・?」
 なんで、志摩くんからの電話で安心してるの?
 ゆっくり通話ボタンを押すと、いつもの明るい声が聞こえてくる。

?今何処にいるんだ?』
「・・・学校・・・だけど?」
『マジか!?涼みに行こうと思ってたんだけどなー』
「・・・いい、よ・・・今から帰るし・・・」
 明るく話していた志摩も、の異変に気付いたのか少し心配そうに聞いてくる。
『・・・、何かあったのか?』
「・・・え・・・?」
 瞳孔が開く。何故この人はこんなにも察しが良いのだろう。
 それでも知られたくなかった。首を振って咄嗟に嘘をつく。
「・・・な、なんでもないよ!じゃあこれから帰るからおいでよ」
 何故か、無理に明るい声を出す自分がいる。

『そうか?ならいいんだ。じゃあ後でな!』
 それだけ言って、電話は切れた。




 よく考えると、志摩と香に触られても、二人きりになっても、別に震えたり嫌だったりしない。

 なんでだろう、安心する。

 気付けば、の目から涙が零れていた。