私の家には、グランドピアノがある。
 いつも私は、ここである曲を弾く。
 今日は、葬送曲のつもり。
 私は・・・もう未練を断ち切るんだから。いいでしょ?






ク ロ エ






 志摩くんに家を紹介してからというもの、香ちゃんも連れて二人は私の家に居つくようになった。
 ・・・まぁ、良いんだけどね。
 家には私だけだし、お兄ちゃんたちは帰ってこないし。
 それに、広いから使ったほうが良いってものよ。

 でも、そろそろ言わなきゃね。
 あの頃まで・・・志摩くんと香ちゃんに会うまで、私がなぜ復讐をしていたか。

「ただいま、リコ。志摩くん達は来てないの?」
 ここんとこ、毎日のように帰って来ては奴らがうちにいる。
 鍵はかけてるんだけど、志摩くんのピッキング術に勝るものはない。
 だけど、今日は珍しく来てないようね。
「・・・久しぶりに、弾いてみよっかな」
 リコの頭を撫で、螺旋階段を登っていった。そして、自室で着替えると、一番奥の部屋へ歩いていった。
 その部屋に、グランドピアノがある。

“あの日”から、私はあの曲を弾いている。
“あの日”から、私は髪の毛を伸ばしている。
 志摩くんたちに会ってから、弾かなかったんだけどね。

 白いグランドピアノは、すこし埃が被っていた。
 あいつらが来たら、掃除させとこ。
 ・・・あ、でも香ちゃんは忙しいから結局志摩くんだけかな。
 大きく開き、そして椅子に座った。
 リコは、隣で転んでいる。
 鍵盤に指を置き、深呼吸・・・一斉に、指を動かした。

 久々に弾いた・・・“クロエ”。
 最近弾いてなかったのに、指が覚えてるみたい、間違えないで弾けていく。
 クロエは、何処の楽譜にも載っていない。
 強いて言えば、私が作った楽譜に乗っているだけ・・・自作曲だ。
 この曲の中に、憎しみと哀しみが入り混じっている。
 実際、涙を流しながら作ったっけ。
 楽しんで、趣味で曲を作ったことはあったけど、あんな気持ちで作るのは初めてだった・・・。
 ガチャ・・・バタン。
「香ちゃん、の家からピアノが流れてたみたいだぞ」
「ホントだね、が弾いてるのかな」
 声が、聞こえる。
 きっと志摩くんと香ちゃんが来たのかな。

 それでも私は迎えることなく、鍵盤を相手にしている。
 リコはすっと立ち上がって、志摩くんたちの方に向かっていった。
 ひょっとして、私の居場所を教えるためなのかな。
 ここまで優しく悲しい旋律をかなでいていたが、一変して激しいメロディを奏でる。
 此処は、憎しみと怒りを表してたんだっけ。

?」
「こんなところにいたのか?」
 リコの案内で、志摩くんと香ちゃんがここに来た。
 でも・・・何も言わない。


 あ・・・そうか。

「お前、何で泣いてるんだよ・・・」

 無意識に、涙を流してたんだ。


「昔話、してもいい?」
「え・・・?」
 二人の返事もしないまま、私の口は旋律を奏でるように言葉を出した。





“あの日”・・・丁度お兄ちゃんが帰ってくる予定だったんだ。
 そんな時、何故か突然従兄が先に来ちゃって、もうすぐお兄ちゃんも帰ってくるし、上がってもらってたの。
 あ、従兄ってお兄ちゃんくらいの歳ね。
 でも、なんで従兄が来ていたのかは分からなかったんだけど、深く追求しなかった。
 お兄ちゃんに会いに来たのかなー・・・って程度にしか思わなかったんだ。
 で、仲良くお話してたんだけど・・・急に押されて、襲われそうになったんだ。
 ・・・あ、志摩くんと香ちゃん、私のことかわいそうな眼でみた。
 まぁ、いいけど。
 でも、でもね。丁度お兄ちゃんが帰ってきてくれて、大丈夫だったんだけど・・・
 凄かったんだよ、そのときのお兄ちゃん。
 あんなに怒ってたのは初めて見たくらい。

 時々思っちゃうんだよね。「あの時、助けが無かったら私はどうなっていたのだろうか」って。
 それから、私は男の人に復讐をするため、髪の毛だって切らないで伸ばしてきた。
 憎いのは従兄の奴なんだけど、そんなことで優越を保とうとする男が許せなくって・・・復讐を始めたの。
 まぁ、きっかけがその従兄ってわけ。
 そのときに作ったのが、今弾いてる曲。
『クロエ』って言うんだ。泣きながら作ったんだよ。





 全て言い終わると、丁度曲も終わった。
 まさか私の過去がこんな悲惨なものだったとは・・・と、志摩くんと香ちゃんは絶句してる。

「・・・そうだったのか」
「うん。でも、可哀想な眼で見るのは止めてね。」
 にっこり微笑んだ・・・けど、やっぱり効果ないわ。

「あーもう!!辛気臭くなるんなら話さなきゃよかった!!」
 すると志摩くんがカチンときたみたいで
「当たり前だろーが!!」
 と怒鳴ってくれた。
 あー・・・今はそれも嬉しく感じる。
「普通にして。お願い。キミたちのおかげで私は復讐心を捨てることが出来たんだから」

 すると香ちゃんは普通の顔で、
「じゃあ、何でいつまでもは髪を伸ばしてるわけ?」
 なんて痛いところを付いてくる。

 うっ・・・確かにそうよね。
 もう、復讐は終わったんだから。
 この曲も忘れなきゃね。(といっても、傑作だからたまに弾くだろうけど)
 髪・・・急に切りたくなってきた。

「・・・・・・香ちゃんって、人の髪、切れる?」
 当の本人は吃驚したようで
「えっ!?ま、まぁ一応・・・切れる、けど」
「じゃあ切って!!!」
「はぁっ!?ちょっ、志摩さんっ!!」
「おれ、知らねー」

 ふふふ、志摩くんにも見捨てられてる。 
 観念したのか、本当は断ち切ってあげたかったのか・・・香ちゃんは渋々承諾してくれた。



 髪を切る準備も終わり、(うちって探せば結構あるのよね。カット用の鋏とか、色々・・・)
 香ちゃんは着々と私の髪の毛に鋏を入れていった。
「どれくらいにする?」
「ん〜・・・前髪は前のように揃えて。長さは・・・背中くらいまで」
「了解」
 目の前の鏡に映る自分が、どんどん変わっていく。
 香ちゃんって、髪を切るの巧い・・・

「・・・なぁ、おれは何をすれば良いんだ?」
 ふと、リコに抱きついてる志摩くんが口を開いた。
「何もしないで結構」
 笑顔を向けると、余計ふてたようにリコを抱きしめる。
「あー・・・じゃあ、リコの散歩お願い!!」
 これ以上抱きしめられると、リコが可哀想!!(実際すごく苦しそう)
 そういうと、志摩くんはやることが出来たのがそんなに嬉しかったのか、張り切って
「リコっ!!いくぞっ!」
 と引っ張っていった。

「志摩くんって単純だねぇ」
 くすくす笑っていると、後ろからも笑い声が聞こえた。
も似てると思うけどなぁ」
「えー!?」
「いや、本当に似てる」
 そう言いながらも、香ちゃんは鋏を入れていく。

「でもさ、志摩さんなりに元気付けようとしてるんじゃないの?」
「・・・・・頼んでない」
「おれも志摩さんもお節介だから」
「・・・・・大いに納得できるわ」

 知ってたよ。
 凄く嬉しかったんだ、実は。

 数分後、香ちゃんのはさみが止まった。
「はい、出来た」
 ・・・うわぁ〜・・・
 思わず声に出して言っちゃった。

 それから数十分後。
「か、帰ったぞ・・・」
 リコに散々連れて行かれたのか、志摩くんの情けない声が家中に響く。
「おかえりー!!」
 吃驚するかな?なんて思いながら、玄関まで迎えに行ってあげると、案の定志摩くんは呆然。
「・・・・・・か?」
「どう!?」
 ボーっと見てる。
 あ、惚れたか?なんちゃって。
 するとなぜか少し頬を赤らめて、志摩くんがどもった。

「いや、なんか、すっげぇ変わったな・・・そっちのほうがいいんじゃねぇの?」
 あ・・・ちょっと嬉しい。
 ここは、お礼を言っておかなくてわ。

「ありがとう!!」



 私の辞書から、復讐の文字はなくなった。
 あの日から伸ばしていた髪は、ばっさりと切られた。
 今日で、この曲を奏でるのはお終い。
 楽譜は何処かに鍵をつけて置いておくことにした。
 クロエ・・・なぜ、私はこのタイトルをつけたのだろう。
 その答えは未だ分からないけど、もうどうでも良いと思った。
 志摩くんと香ちゃんがいれば、それだけでいいな・・・そう思った。




 その後・・・
「香ちゃんってさ」
「なに?志摩さん」
「その・・・髪切るの巧いんだな」
「・・・・・・・・・ひょっとして、に惚れちゃった?」
「なっ!!ば、バカ言うなよな!!」

 なんて話があったらしいんだけど、私は知らない。