志摩義経のピッキングテクニック






「ただいまー!」
 大きな扉を開け、永倉 はリビングに入ってきた。
「おー、おかえり」
「・・・・・・香ちゃんはいいとして、何で志摩くんがいるわけ?」
 笑顔だったの表情は、瞬く間に不機嫌そのものになった。
「おれはいいのか・・・」
 なんて呟く香をよそに、志摩はムッとして
「何でおれだけなんだよ!!」
「そーよキミだけよ!!そもそもなんで家にいるわけっ!?」
 きょとんとした志摩は、一言。
「お前が教えたんだろ?」
「だからって、合鍵まで渡すわけないでしょ!!?」
 志摩が言ったとおり、は確かに家を紹介した。
 だが、彼女が言うことはもっともだ。





 話は一週間前に遡る。
 香が仕事で出張に行っていた間に、一件の依頼が入った。
 すこし仲良くなったのか、そんなことないのか・・・その依頼は志摩とが行うことにした。
 実際簡単な依頼で、尾行をすればいいだけだったのだが、
 小声での言い合いが絶えなかったことは、この際黙っておこう。

 そして、呆気なく終わった依頼のあと、志摩が一言呟いた。
 よくよく考えれば、これがことの発端だ。
「それにしても、あっちぃなぁ・・・」
 今は、地球温暖化中の夏なため、7月でもかなり暑い。
 そのことはにも分かっていた。
「じゃーさ、うちに来る?」
 手でパタパタとうちわ代わりにしながら、志摩に向かってそう言った。
 案の定、志摩は犬のように目を輝かせて
「マジっ!?いや、のことだ。何か裏があるはずだ・・・」
「人を悪人のように言わないでくれません?」
 結局、(喫茶店だとお金がかかるため)の家に行くことにした。

「・・・・・・なんだコレ」
「なんだじゃないでしょ」
 志摩の眼が点になっている。
 は「やっぱ家に呼ぶんじゃなかった・・・」と呟いた。

「すっげぇ!!!」
 志摩の眼に、大きな門が映っている。
 後ろにまるで城の様な(言い過ぎ)家が聳え立っていた。
「これ全部お前ん家かっ!?」
「うーん・・・正確には両親の家?」
 苦笑いでそういい、は大きな門の隣にある人間用の小窓口の扉を開けた。
「・・・おいおい、マジかよ・・・」
 大きな木が幾つも立っていた。
 左の方には池が見え、右の車庫には何台か車が止まっている。
 そして、中央に見える家は、豪華としか言いようがないほどだ。
「・・・志摩くん?」
 志摩の周りの時間が止まったかのように、彼も動かない。
 すこしだけ心配してそう呼びかけると
「・・・、お前『永倉新八』って奴の子孫なんだろ?」
「え?うん・・・そうだけど、どうしたの?」
 志摩の声があたりに響いた。
「だったらもっと和風の家にしろよ!!!」
「そんなこと言ったって・・・」
 というか、突っ込みどころが違わないか!?

 興奮しまくる志摩を放っておいて、は玄関のドアに鍵を差し込む。
 ガチャリという音が聞こえ、ドアが開いた。

「リコ、ただいま!」
 が叫ぶと、二階からエントランスホールにかけてワンッと大きな鳴き声が響く。
 綺麗に装飾された螺旋階段を下りてきた。
 ゴールデンレトリバー・・・名前はリコらしい。
「良い子にしてたー?」
 長い髪の毛が付くのも気にしないで、はしゃがんでリコをギューッと抱きしめる。
 そして、庭に出してやるとリコはワンッと嬉しそうに鳴き、走り出す。

「志摩くん、早く入らないと閉めるからねー」
「えっ、待てよ・・・って、うおっ!」
 不審者だと判断したのか、志摩はリコに歯をむき出しにされていた。
「リコ、その子はお客様・・・ま、いっか」
「よくねーよ!オイ!!」

 志摩が入ったのは、が着替え終わった後だったという。


 リビングに通された志摩は、また感動していたが今度は口には出さなかった。
 変わりに、口を開くと
「なぁ、あの犬は何なんだ?」
 は案の定、怪訝な顔をして
「何なんだって・・・キミが何なんだって感じ?」
「そうじゃなくて!何でオスなのに『リコ』なんて名前にしたんだ!?」
 は「あぁ、そのこと」と言った。
「だって、『リコ』って男性の名前よ?」
「そうなのか?」
 あっけに取られた志摩に頷き、
「いいですか?志摩くん。イタリアでは語尾の母音が“O”だと男の子、“A”だと女の子なの」
 と、先生になったように説明をした。
 おぉ〜と感心していたが、すこし馬鹿にされたことに気付いたのか「今馬鹿にしてたろ!」と指を差してきた。
 は何も答えなかったが、代わりに含み笑いをした。


「はぁ〜暑かったねー」
 クーラーが効いてきたのか、何事もなかったようには振る舞い、ふとキッチンに向かった。
 そして、ソファに転んで快適そうにしている志摩の元へ、再び戻ってきた。
「どーぞ。アイスティーとアイスよ」
 手にはトレーを持っている。
「お、サンキュー」
 まるで自分の家のようにくつろいでいた志摩だが、ふと気付いたのか、ソファから体を起こした。
「そういえば、両親はどうしたんだ?」
 は丁度アイスを口に運んだときで、
「いふぁりあにひゅっひょうひゅう」などと、ヘンテコな言葉を発している。
 志摩はすこし考えたが、やはり分からないのか
「はぁ?」などと不満気たっぷりな声を発してみた。
 アイスを飲み込み、アイスティーを飲んだは、改めて一つ咳をして
「イタリアに出張中って言いたかったの」
「なんだ、ならそう言えよ」
「だから言ったじゃない!」
「わかんねぇって・・・」
 はぁ〜とため息をつき、仕切りなおしたように志摩は再びに聞いた。

「で、いつ帰って来るんだ?」
「ん〜・・・お兄ちゃんが一年に一回帰ってくるくらい?・・・忙しかったら全く帰ってこないけど」
「そうなのか。香ちゃん似の兄がいたんだっけ。」
 それにしても・・・と、志摩はアイスを一口食べた。
「一年に一回だって?仕事熱心だな!」
「娘より仕事だもん。でも、良いんだけどね」
 の表情は曇ることなく、あっけらかんとしている。
 強いのか、はたまた弱いところを隠してるのか。
 しかし志摩は前者なのかと受け取った。
って強いんだなー」
 彼女の表情が少し哀しそうだったのも気付かなかった。





 それから、何事もなく過ごして行って一週間。
 突然の家に(香はいいとして)志摩がいれば、吃驚するだろう。
「香ちゃん、いらっしゃい」
 苦笑い気味の香に微笑み、志摩を睨む。
「あ、あぁ・・・それにしても、凄い家に住んでいるんだな」
「それほどでもないよ」
 また微笑み、志摩を睨む。
 今度は、口も開かれた。
「で?どうやって入ったわけ」

 志摩は睨まれていたことに気付いていなかったのか、ん?と振り向いて
「あぁ、ピッキングだ」
「・・・キミ、泥棒?」
「お前なぁ、安直過ぎるだろ」
 にやりと微笑んだ志摩の手に、ヘアピンが握られている。
「俺に開けられない部屋はないぜ」
「あっそ」
 せっかくかっこよく決めた志摩に突き刺さるそっけない言葉。
 項垂れる志摩を放って、慰めていた香に言う。
「着替えてくるからコイツお願いね」
「わかった・・・けど、今のは可哀想だって、
「良いの良いのー」
 と、リビングを出て螺旋階段を登り、は自室に入る・・・あれ?

「鍵、かけて置いたはず・・・」
 ドアを開くと、ベッドの上でリコが眠っていた。

「志摩くんっっ!!!!」
「なんだ?」
 ふと、返事が聞こえ、は勢いよく後ろを向いた。
 そこに、ニヤニヤしている志摩が立っていた。
「開けた?」
「あぁ、開けた」
 この表情を見るためにしたのか、優位に立てたことで嬉しそうだ。
「・・・殺されたい?」
 鞄の中から3つに折りたたんである棍が覗く。
 しかし、志摩は怯えることなく、逆に
「香ちゃんにの日記の中教えてこよっかなー」
「っ!!」
 コイツ・・・日記まで読んでやがったか・・・

「・・・出ていけ―っ!!!!!!」

 の大声を聞いた香は無意識にビクッと方を震わせ、リコも飛び起きるほどだった。