ベッドの上に転んでいる少女、永倉 。
新撰組の永倉新八の子孫であり、“”という愛用の棍を振り回している。
高校生の癖に、彼女は“永倉屋”というよろずの仕事をしていた。
更に学校と兼用でやってきた彼女にとって、最近頼もしい仲間が出来たのだ。
『よろず屋東海道本舗』の志摩 義経と駿河 香。
志摩は18歳とは思えないほど小柄なくせに、結構頭が働く。しかし、熱血バカ。
香はモデルをしていて、「キョウ」と呼ばれている。冷静で格好良く、の兄に似ている。
二人はと同じ何でも屋を経営していて、仲間なのだ。
は二人と共に何件か依頼をこなしていったが、志摩と香は何かとを可愛がる。
やはり女だからか、それとも妹的存在なためか、はたまた恋愛感情を持っているのか・・・
まぁ、理由は知らないが、が仲間になることをかなり歓迎してくれていた。
ベッドの上でこっくりこっくり船を漕いでいるは、持っていた雑誌を床に落とす。
同時にメールが来て、音が重なった。
それは大きな音だったみたいで、
「っ御用!?」
を起こすには丁度良かった。
ちなみに言えば、は依頼を「御用」と呼んでいる。
それは新八たち新撰組を誇りに思っているからのことで、「御用改め」を口癖としている。
「・・・なに?なんの音だったの?」
キョロキョロしていると、パソコンのディスプレイがチカチカ光っている。
「あぁ、メールの音かぁ」
ゆっくり身体を起こし、パソコン画面を見る。
マウスを掴んでダブルクリックをすると、メールが開く。
「・・・御用?」
依頼内容は、彼女役?
は頭の上に“?”を乗せ、内容を朗読した。
「なになに・・・市井 大樹さんから?
別れた彼女がしつこいので、彼女の振りをして彼女を諦めさせて下さい、お願いします。
彼女役ねぇ・・・結構楽だけど棍術より演技力なんだよね・・・。」
考えるまでもなく、の答えは決まっている。
「承諾・・・っと」
返事のメールには、交渉成立の要件を書いて送った。
そして、また送信画面を開いてメールを打った。
「次は、と・・・あっ、御用って書いたらわかんないんだ!」
件名に「志摩くんへ」と打って、先ほどの依頼内容を打ち始めた。
一方、志摩の方は・・・
「だぁーっ!くそっ!!」
オフラインゲームで熱血していた。
「おっ!?やった!!」
次々とステージをクリアし、最終ボスだって時だ。
しかし、そんな時に限って厄介物は来るものである。
「ん?なんだメールか?」
途中でメール受信画面になる。
「ま、こいつを直ぐ倒して・・・って、あれ!?」
そして、オフラインゲームは自動的に終了していた。
「・・・お、おれの・・・・・・」
志摩は涙を流しながら、メールを開いた。
このメールがウィルス付きだったりすると、きっと志摩はパソコンを壊してしまうだろう。
そして、商売道具を壊してしまって途方に暮れるだろう・・・しかし、そこまで神は見捨ててなかった。
「なんだ、か」
ゲームよりも優先すること・・・依頼か、同業者のだったら、怒りは直ぐ収まる。
「なんだ?こんな時間に・・・・・・なにっ!?」
メールの内容を読んだ志摩はディスプレイに顔を近づけた。
そこには、こう書かれていた。
『From:永倉 Subject:“永倉屋”の依頼について
こんばんわーでっす!実は、永倉屋に依頼が入りました!
それはなんと、彼女役だって!
なんかね、別れた彼女がしつこいから、彼女のフリをするだけでいいんだって。
私はこの依頼につくから、終わるまでよろず屋の方は手伝えません!
ということですので、よろしくね!!』
「か、彼女役だとぉ!?」
自分でもなんでこんなに動揺するのか分からない。
でも、そんなこと今の志摩には関係無かった。
直ぐ返信画面を開き、素早く打つ。
そして、そのメールは送られていった。
「の奴、何言ってやがるんだ!?」という志摩の罵声と共に。
「・・・なにこれ」
パソコンに目を向けたままは固まった。
志摩にメールを送った後、同じ内容を香のケータイにも送ったわけだが。
『From:志摩 義経 Subject:Re.“永倉屋”の依頼について。
何言ってんだよお前!!彼女役って・・・永倉屋はそんなことまでするのか!?
まぁ、別に依頼も入ってねーし何も言えねぇけど、やめとけって!!』
『From:駿河 香 Subject:Re.「永倉屋」の依頼について。
、なに言ってんの!?彼女役なんて・・・普通そんなこと頼まないだろ?
止めといたほうがいいと思うけど!?』
「・・・二人とも、なんでこんなに息がぴったりなのよ」
はぁ、と溜息をつき、パソコンを閉じた。
どうせ明日会う約束になってるし、いちいち送らないでいっか。
そう思ったはベッドに横になり、再び眠りの中に落ちていった。
今度は、邪魔は入らなかった。
翌日、約束の時間。
いつもの公園の前にいたのは志摩と香。
はホームルームが長引いているのか、まだ来ていなかった。
「・・・なぁ、志摩さん」
「・・・なんだよ、香ちゃん」
二人とも、言いたいことは同じである。
「、本当にあんな仕事するのかな?」
「さぁ・・・でも、一度言い出したら聞かないしなぁ」
遠くから、ジャッジャッとローラーブレードの音が近づく。
「ごめーん待った!?」
全速力でローラーブレードを飛ばしてきたは、止まって汗を拭いた。
学校帰りで、黒のセーラー服が物語っている。
さらにかなり長い髪の毛が、余計彼女を幼くしているのか、可憐に思えた。
「きたな、諸悪の根源」
志摩の言葉に、はカチンと来る。
「何よ、HRが長引いたんだって」
「違うって、そっちじゃなくて」
香が二人の喧嘩を止め、本題に入る。
「彼女役のこと」
香に目の前で言われると、さすがのも「う゛っ」と言葉も出ない。
「・・・もう承諾しちゃった」
「「なにぃっ!?」」
志摩と香のあまりの驚きように、の肩がビクッと揺れる。
「え・・・駄目だった?」
苦笑い気味に、は言った。
返答はもちろん
「「駄目に決まってるだろ!!!!」」
それでも、はとめられなかった二人は、依頼日当日・・・
「・・・志摩さん、見つかるって」
「いんや、絶対大丈夫だ!」
木々に隠れて、様子を伺うことにした。
しかし、こんなことでもに見つかれば最悪の場合命を落としかねない。
くれぐれもヘマをしないように願っておかないと。
だが、妙な鈍感少女のはそんな志摩と香の行動に気付くこともなく、
「はぁ〜まだかな・・・あの二人に見つかったら厄介だから、早くして欲しいんだけど・・・」
と、公園で一人呟いていた。
「あの・・・永倉屋の永倉 さんですか?」
声のしたほうを向くと、そこにいたのは依頼人。
「はい。あなたが市井 大樹さん?」
「はい、そうです」
少々大人しそうな男性で、はっきり断れない感じがする。
「じゃあ御用の方、詳しく教えてもらってもいい?」
の言葉に頷き、市井も隣に座った。
そして、言いにくそうに話し始めた。
2ヶ月前、別れたはずの彼女から電話が来て、無視をしていると今度は家に押しかけてきた。
それでも市井はよりを戻すつもりは無いと言い続けていた。
でも納得しない彼女があまりにもしつこいから、彼女役として彼女を説得して欲しいとのことだった。
「・・・なるほどね。でも、どうやって説得させるわけ?」
「きっと彼女は俺が一人だからしつこく迫っていると思うんです。
だから、彼女がいるということを見せつけるときっとあきらめると・・・」
「・・・・・・そっか」
が立ち上がり、市井も立ち上がる。
「じゃあ、御用改めと行きますか!!」
「お、動いたぞ」
「ハイハイ」
と市井の後を、志摩と香は付けていく。
普通に歩いていたたちは、徐々に距離が縮まった。
市井がの肩を持って寄せたのだ。
「「あっ!」」
もちろん、そんな様子も志摩と香は見逃さなかった。
「もうすぐ彼女の家です。恋人らしくしたいので、肩を持っていいですか?」
「・・・はぁ」
市井はの答えを聞き、彼女の肩を持つ。
そして二人は密着した。
しかし、の顔色は優れない。
そんなことに気付いている人は、誰一人としていなかった。
説得は、意外と呆気なく終わった。彼女はすぐに納得し、こうして依頼完了となった。
「はぁ・・・疲れた・・・」
報酬を貰い、は帰路に着いていた。
「・・・なぁ、志摩さん。もうそろそろ尾行はいいんじゃない?」
その後も二人は付けていっている。
ふと香がそう言ったが、志摩は首を横に振った。
「いや、何かまだある」
「何か?」
「ん〜・・・昔の彼女がそうすんなり納得するか?」
志摩は、何かを予想していた。
そして、それは確信へと変わった。
「あ〜まだ身体が震えてる・・・」
は両手を眺めると、微かに震えている。
「でも、依頼だから仕方がないよね」
と、目線を前に向けた。
「・・・・・・?」
その先に、誰かいる。
それが誰だか、直ぐに分かった。
「・・・綾香さん?」
が名前を呟くと、ビクッとしたようで姿を見せた。
渡部 綾香・・・依頼人、市井を付きまとっている昔の彼女だ。
「・・・本当に市井くんと付き合ってるの?」
この場合、の答えはこうだ。
「・・・えぇ」
依頼人に迷惑は掛けられない。
の仕事をする上でのルールだ。
「別れて」
「嫌よ」
薄暗い中、無言の時が続く。
「お願い、私からあの人を取らないで・・・」
震えていて、今にも泣きそうな声だ。それでもは頷けない。
「それは私も同じじゃない」
彼女の目の色が変わった。
「・・・諦めないんだから・・・」
の声は聞こえていないだろう、綾香の手には包丁が握られている。
「やっぱりな。簡単に引き下がらないだろ・・・どうする?」
志摩は香の方を見た。
香は悩んではいるものの、「手を出したら怒るんじゃない?」と言った。
確かにコレはの依頼だ。
二人が出て行くとは怒るだろう。
「・・・見てるしか出来ないのか・・・」
志摩にも分かっていた・・・でも、どうすることも出来ない自分がとても嫌だ。
「・・・・・・」
香は歯がゆそうなしまを見て・・・。
綾香の手の包丁が一番面倒だ。
あれでを傷つけるのはいいとして、自分の首などを切ったら困る。
「あ〜〜めんどいっ!」
は咄嗟に鞄を開け、中から三つに折られた棍を取り出した。
棍を一本にし、クルッと回す。
「ゲッ!」
棍を見た志摩は思わず真っ青になった。
「志摩さん?どうしたの?」
「そうか・・・香はあいつの棍の痛さを知らないんだったな・・・」
香の前ではまだ、は棍を出していない。
それ故、香は棍の存在を知らなかった。
「ねぇ、その包丁はやばくない?」
出来るだけ優しく、は言った。
しかし綾香の頭には既に血が上っていて何を言っても聞いていないようだ。
「あなたを殺すか、私が死ぬかよ・・・」
やはり、自分も死ぬつもりだ。
まずはあの包丁を奪わないと・・・。
の手に握られている棍が、さっと構えられた。
「綾香さん、御用改めですよ。」
ダッと駆け出し、は棍を振った。
それは綾香の前で風を切り、ブンッと凄まじい音が響いた。
綾香は包丁を振った。
その包丁はの前を過ぎ、あと数センチで当たっていた。
でも彼女は動じることなく、その包丁を手で掴んだ。
しかも掴んだのは刃の方で、掌は血でいっぱいになった。
「っ・・・!」
でもこのチャンスを逃すわけには行かない。
は片方で棍を回し、綾香の手を叩いた!
両手がビリビリと痛いだろう、綾香は手を握って唸った。
包丁はの手の中にあり、離すと音を立てて落ちた。
掌から、容赦なく血が零れ落ちている。
綾香の手を叩いたときに入り込んだのか、傷が深い。
「・・・ねぇ、なにもそこまでして一人の男の人を追いかけなくてもいいじゃない」
しゃがみこんで手を握っている綾香に、優しい眼で言った。
綾香は涙を流している。
そこまで市井が好きなのだろうか。
「キミ可愛いし、大丈夫。すぐに大切な人は出来るから、自信を持って」
の言葉が胸に刺さる。
綾香は急に立ち上がり、ペコリと頭を下げた。
「・・・ごめんなさい。私のせいで・・・」
顔を上げた綾香は、笑顔だった。
「市井くんを諦めます。ありがとう・・・」
振り返って見えなくなったけど、きっと笑顔のままだろう。
「・・・さてと」
綾香の姿が見えなくなり、はキョロキョロと辺りを見回した。
いつもなら傷の手当てをするのだが、なんとなく、気になる。
「・・・なんか、視線を感じる」
はクルッと後ろを向き、眼を懲らしめた。
ちょうどその時・・・。
「終わったみたいだな」
「つか、無茶するなぁ・・・」
二人は尾行を止め、帰ろうと後ろを向いた。
「やっぱり。二人とも、つけてたんでしょ!」
「ん?・・・げっ!!!」
後ろを向き、歩こうとしたが・・・後ろに睨んでいるがいたのだ。
「・・・いや、あのな・・・?」
「問答無用!」
こうして終わった、ストーカー事件。
最後は、棍によって出された志摩の大声で締めくくったらしい。