「よろず屋東海道本舗、ねぇ?」
大きな部屋の中で、少女はパソコンに向かっていた。
「・・・邪魔はさせないもんね」
少女は、不敵に微笑んでいた。
「よろず屋東海道本舗様・・・お、依頼か」
少年はパソコンに向かって独り言をつぶやいていた。
ディスプレイには、次のように書かれていた。
『From:笠木 雄也 Subject:ボディーガード
最近、誰かの視線を感じています。そして1回、何者かに襲われました。
そのときは逃げましたが、また襲われないかと思う毎日が続いています。
何でも屋のよろず屋東海道本舗様、ボディーガードをお願いします』
「ボディーガード、ねぇ」
少年 ―― 志摩 義経は、怪訝に思いながらも、依頼に受けた。
久々の依頼で、浮かれていた所為かもしれない。
しかし、この依頼で一人の少女に会うことになることを、志摩は気付いていなかった。
「志摩さん、遅れた!」
広場の噴水に座っている志摩の前に、背の高い男が現れた。
その男を広場の女性全員が見つめていたのも無理はない。
「きゃーあの人、『キョウ』じゃない?」
「本当!かっこいい〜!!」
女性が言っている『キョウ』、彼がその中心人物、モデルのキョウこと、駿河香だ。
「いいよ、まだ依頼人も現れてねぇし」
しかし、約束の時間を10分過ぎていることに、志摩は苛立ちを隠せない。
足の貧乏揺すりがそう物語っていた。
「遅れてごめん、君がよろず屋の人でしょ?」
遠くから小走りでやってくる金髪の男が志摩の方に駆け寄ってきた。
「・・・あぁ」
遅刻についての怒りはあるもの、初対面で怒鳴るのはさすがに悪いと思った志摩は態度でそう示した。
案の定、笠木は気付いたようで、何度もごめんと謝っていた。
「で、依頼のことはどういうことだ?」
ムカついてはいたが、志摩はため息を大きく吐いて本題に入った。
「実はさ・・・、一週間ほど前から家にいると視線を感じるんだよ。しかも窓やカーテンを閉めてもだぜ?
それでさ、ほっといて出かけた帰りに、いきなり棒で叩きつけてきてさ・・・
そのときは逃げれたけど、また起きるか分からないから、どうしようも出来なくてよ」
「ほら、これがそのときの痣」と笠木が捲った袖の中に、大きな青痣が目立っていた。
腕を見ただけで痛そうな予感がする。
「ふーん・・・それで、おれらに依頼したってワケか」
志摩は考え込んだが、香が制す。
「とりあえず、夜にならないと駄目だろ?」
「そうだな・・・じゃあ夜にもう一度会うか。念のため、住所とかを教えてくれ」
志摩は、書くものを用意した。
笠木も快く頷き、そこに住所を書いた。
香は撮影で来れない為、志摩・笠木は今夜の10時にもう一度集まることにして、解散をした。
解散した途端、笠木は走ってどこかに行ってしまった。
「・・・なんだぁ?」
「さぁ・・・」
二人が怪訝がっていると・・・
「どいてどいてどいてー!!」
「んあ?」
後ろから聞こえる声に、不審がって振り返った二人。
そんな二人に迫っているものは、少女。
・・・いや、詳しく言えば制服にローラーブレードを履いた少女。
長い髪を左右に揺らし、ジャッ、ジャッ、とやかましく走らせている。
「「・・・なっ!!!」」
そしてその少女は今まさに志摩と香にぶつかりそうになっている。
「あーもう!!」
少女は両足を揃えると、勢いよくジャンプをした。
ザッという音が響く。
「うわ・・・」
「すご・・・」
志摩と香がそれぞれ感想を溢す。
少女がジャンプすると、宙に浮いた。
いや、本当に高くジャンプしたのだ。
ジャンプして、何もないところで着地をした少女は、踵を返したように振り向いた。
そして器用に走ってきた。
「ちょっと!!!」
「!な、なんだよ!」
志摩たちの前に止まり、二人は少女の顔がはじめて分かった。
とても可愛らしい顔をしていて、茶色で太腿まで伸びる髪がよく似合っている。
しかし・・・
「危ないでしょ!?こんなところで止まってないでよ!」
性格はひねくれていた。
確かに公園の真ん中に立ち止まっていたほうにも非があったが、その言葉に志摩はカチンときて、
「なんだとぉ!?こんなところでそんなもんを履くお前が悪いんだろ!?」
と、香の止める声も聞かないで反論した。
少女はずいっと志摩の方に近づく。
ローラーブレードのせいか、志摩よりも少し背が高い。
「なんですってぇ!?チビが偉そうに言うんじゃないわよ!」
「チビっ!?お前だってそれ脱ぐとおれより小さいじゃねーかよ!!」
志摩はびしっと指を差した。少女が履いているローラーブレードだ。
「・・・まぁ、中学生のあなたにはそれくらいの背がお似合いね」
少女はフッと鼻で笑った。
志摩の言うことなんかぜんぜん効いていない。
むしろ、志摩のほうが大人気なくムカついている。
「・・・あーあ、言っちゃった」
香はそうつぶやいた。
案の定、志摩が肩をわなわなと震わせ始めた。
「・・・誰が中学生だって?おれは18だぁ――っ!!!!」
しかし少女は
「18!?私より年上じゃない!もう伸びないのねぇ〜」
と志摩の頭を撫でる始末。
「・・・仕方がない」
香が動くまで二人の戦いは続きそうだ。
「ほら志摩さん、大人気ないって」
「はなせ香ちゃん!!おれはこいつに蹴りの一発でも浴びせなきゃ気がすまん!!」
香に取り押さえられた志摩は、まるで興奮した小動物のように、じたばたしている。
しかし、少女の方は香の方を見て、途端に笑みを見せた。
「・・・キミ、お兄ちゃんに似てる!」
「お兄ちゃん?」
香はそう燕返しに尋ねる。
少女はうん、と頷いて、
「うちのお兄ちゃんも格好良いの。キミは好きだわ」と言った。
そして、放っておかれた志摩のほうを見て
「こいつは大っっっ嫌い」
と指を差した。
・・・・・・少しの間があった。
「なんだと!!!」
「なによぉ!!!」
また、志摩と少女のにらみ合いが続く。
香はそんな二人を見て、「なんか、二人とも似てる」と、不覚にも大失言をしてしまった。
「「なに!?」」
二人の矛先は香へと移動する。
「い、いや・・・そういえば、君の名前は?」
さすが香、話題の転換で、少女の方に振られる。
「そうだよ!お前名乗れ!!」
「あんたこそ!!!」
少女はそう睨んだが、埒が飽かないと判断したのか、大きく深呼吸をして落ち着かせている。
「・・・私は永倉 。よろしくね」
と、香に向かって微笑む。
「俺は駿河 香。で、こっちが・・・」
「志摩 義経だ!」
思いっきり声を張り上げて言う志摩に、香は呆気に取られてしまった。
しかし、は目を瞠り、
「・・・志摩・・・ふぅん、キミみたいなガキだったとはねぇ」
「なんだと・・・いや、それはどういう意味だ!?」
さすがの志摩も、怒りを抑えて聞いた。
香も知りたそうだ。
「・・・まぁ、時期に分かると思うよ。じゃーね、志摩くんに香ちゃん!!」
不敵に笑い、そう言い残して彼女は去っていった。
「・・・なんだったんだ・・・」
「それは志摩さんが言うことじゃないと思うけど」
二人はローラーブレードの音が聞こえなくなるまで、そこで立ち尽くしていたという。
そして夜、志摩と笠木は公園にいた。
「よし、じゃあおれは後ろから見張るから、あんたは普通に帰ればいい」
志摩の言葉に笠木は頷いて、「必ず助けてくれよ!?」と念を押してきた。
志摩はハイハイと頷いて、「早く帰れよ!」と痺れを切らしたように怒鳴った。
そして笠木は帰路へと向かった。
後ろで志摩がついていっている。
「・・・まだかよ・・・」
志摩が思わず呟く。
尾行を始めてもう5分。そろそろ現れてもいいころだろう。
「ったく、今日は香ちゃんがいねぇから話し相手いないし」
と、舌打ちをした途端、だった。
笠木の動きが止まった。
「お?出てきたな」
玩具を見つけた子供のように、志摩は微笑んで出て行った。
「笠木、どうした?」
「あ・・・こ、こいつが・・・」
笠木は怯えたように志摩の後ろに隠れる。
それでも男か、と言いたいところだが、今の志摩にはそんなことを言うことは出来ない。
前を向くと、そこに知っている人が立っていた。
「どーも、永倉屋でーっす!」
「・・・おまえは・・・!!」
そこには、昼に会ったばかりの人物、永倉 だった。
「また会ったねっ」
「知ってたのか・・・」
志摩は軽く舌打ちをする。
『あなたみたいなガキだったとはね。まぁ、時期に分かるよ』
まさか、このことだったなんてあのときの志摩にどう予想が出来ようか。
「よろず屋東海道本舗に依頼したんでしょ?笠木さん」
「うっ・・・」
の言葉に笠木は言葉が詰まる。
「調べさせていただきました」
「・・・お前、何者だ?」
志摩の言葉に、は答えた。
しかも、あっけらかんと。
「永倉屋。何でも屋みたいなものだけど、個人的に復讐を優先してる」
「復讐・・・?」
永倉屋・・・最近有名になってきたところか。
志摩は頭の中で思い出していた。
サイト内を賑わせていた何でも屋、確か永倉屋という名前だった。
「よろず屋東海道本舗の志摩 義経くん。以後、お見知りおきを」
はペコリと頭を下げると、次は笠木の方を向いた。
「ターゲット発見!今度こそ仕留めるぞー!!」
そう言うと、は微笑んだ。
そしていつも言っているであろう言葉を述べた。
「笠木雄也さん、御用改めです」
「御用改め・・・?」
志摩の質問に答えず、かわりに攻撃で答えてきた。
「うわっ!」
何かの棒が笠木に向かって延びている。
瞬時に志摩の蹴りが入り、棒が飛んだ。
「いってぇし!!」
「そりゃ、痛いでしょうねー」
くるくる回って飛んでくる棒を、軽く受け止めたはニコッと笑う。
それはもう楽しそうに。
「ただの棒だと思ってもらっちゃ困るのよ」
受け止めた棒を前へ出す。
棒は鉄のような鈍い光を放っている。
「なっ!!」
「なんだよそれ!!」
「棍って知ってる?」
の微笑みは変わらない。
「・・・厄介だな・・・」
志摩は思わず呟いた。
無理もない。
自分は武器なんて持っていない。
相手は鉄の棒を軽く扱う。
圧倒的に自分が不利だ。
「じゃあ、改めて行きます!」
は構えると、素早く笠木に向かった。
「ちっ!」
笠木は恐怖に満ちて逃げようとする。
しかしは追う。
志摩は何とか棍を奪えないかと考えた。
(正面から行ったら俺が絶対不利だ・・・ここは)
「御用完了!!」
が叫び、棍が振り下ろされた。
「勝手に完了されたら困るんだよ!!」
しかし、それを志摩の手が防いだ。
「なっ!?」
突如出てきた横からの手が棍を捉えていた。
はあっけに取られたが、直ぐにニッと笑った。
(動いていた棍を掴むなんて、凄いじゃない)
「コレは没収な」
「あっ、コラ!」
そのまま、志摩が棍を持ってしまった。
ずしっとした重みが、志摩では振り回せないことを物語っている。
「あいつ、こんなものをよく振り回しているな・・・」
「・・・はぁ・・・」
武器を取られてしまっては、は仕事が続けられない。
「仕方ない。ここはキミに一本取られたわ」
はムスッとした表情をして、ひとつにくくっている髪のリボンを取った。
途端、長い髪が綺麗にばらけながら下りる。
「どういうことだ?」
そう聞いては見たが、志摩にも分かっていた。
しかしは笑顔にはならなかった。
「笠木 雄也、仕方ないから襲いはしないわ。彼に感謝することね・・・・・・でも、御用はこなすわ」
ずいっと笠木の前に来て、その目の前に紙を見せた。
「誓約書。立花 美香に金輪際近寄らないことを、約束して」
「・・・立花、美香だと・・・?」
名前が出た途端、笠木の顔色が変わり、低い声で呻いた。
「なぁ、どういうこと?」
志摩一人が何も分かっていない。
「なにも知らないのね」
の言葉にムカついたが、志摩は反論しない。
そんな様子には仕方なく口を開いた。
「実は、私は美香さんからストーカーを撃退してという依頼を受けてたの。だから、あなたを襲ったのよ」
「ストーカーだって!?」
笠木は何も答えない。
「誓約書にサインをお願いします。破った場合、私は再びキミを襲うと思ってて」今度は必ず、と念を押すように続けた。
はそんな笠木に気も留めず、淡々と話す。
「・・・無理だ・・・美香に近づけないなんて、無理だっ!!」
キレた笠木はついにに向かってきた。
このまま倒して逃げる気だろう。
「おいっ!」
志摩も突然のことにびっくりして、のそばに行こうとした。
しかし、間に合わない!
「・・・頭、悪いの?」
志摩が見たのは、不敵に微笑むの姿だった。
ガシッと笠木に腕を掴まれたはそのまま握りなおし、笠木を投げたおした。
一瞬の出来事で、志摩も笠木もワケが分かっていない。
「あーあ、大丈夫?」
笠木が気を失う直前に見たは、ニコッと笑っていた顔だった。
「・・・すげぇ・・・あっ!」
志摩の脳裏に昼の出来事が浮かんだ。
「もしかして、あのジャンプも?」
振り向いたは、きょとんとしていた。
「結構頑張ったんだよ?あれ。それよりも、を返してよ」
「?あぁ、この棒の事か」
志摩の手からの手に渡った棍は、漆黒の色を月の光で強調させていた。
「棒じゃない、棍よ。『』っていう名前にしてるの」
「ふーん」
いかにも興味がなさそうな返事にカチンと来たは、クルクルッと軽く棍を回して
「えい」
思いっきり志摩の頭に落とした。
「〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!!」
不意な痛み(しかもめちゃくちゃ痛い)に志摩は頭を抱えてしゃがみこんだ。
言葉にならない声も上げている。
「をバカにした罰よ」
ニコッと微笑むを、志摩は下から睨みつけた。
「・・・さて、こいつどうする?」
「どうするって、もちろん警察行きでしょ?」
えっ!?
志摩はを見る。
当の本人はしれっとしている。
「なんでだよ!」
「ストーカー規正法違反」
志摩より彼女は一枚上手だった。
こうして今回の依頼は異例の形で終了したのだ。
依頼完了した志摩とは、ひとまず公園のベンチに座った。
「・・・なぁ」
ふと、尋ねる。
「・・・何?」
烏龍茶を一口のみ、返事をする。
「復讐は止めとけよ」
「は?」
志摩の目はの目を見ていた。
「復讐よりも、することだってあるだろ?」
「・・・・・・」
の目は警戒の眼差しをしていたが、時期に優しい瞳になった。
「止めてもいいわよ」
「だろ?」
「うん」
そして、深呼吸をしては立ち上がった。
くるっと振り向いて、優しく微笑む。
「だから、ひとつ提案」
「ん?」
ちょうど志摩の口に飲み物が含まれたときだった。
「私も仲間にして?よろず屋東海道本舗の」
飲み物は勢いよく吐き出された。
「なっ、なんだって!?」
「ね、お願い」
ぱんっと勢いよく両手を合わせて目を瞑る。
「・・・・・・」
実は、仲間にしたい。
コレが、志摩の本音だが、二つほど問題がある。
まず一つ。
「でもよ、『永倉屋』はどうするんだ?」
「あぁ、それは」
は目を開けて無邪気に笑った。
「もちろん、営業致します」
「はぁ!?」
「永倉屋の依頼とよろず屋東海道本舗の依頼、どっちも私たちですればいいの。ね?お願い!」
「で、でもよ・・・」
の目は本気だった。
「足手纏いにならないってことは、今日のことで実証済みでしょ?」
彼女の手には黒い棍が握られている。
確かに。寧ろ彼女の戦力は役に立つ。
「俺と香は共に東海道の苗字だから、『よろず屋東海道本舗』って名前にしたんだ。は違うだろ?」
コレが、問題その2。
志摩、駿河共に東海道からの苗字だ。
だから今のよろず屋の名前になっている・・・しかし、は違う。
は女々しいなぁとばかりに顔をしかめたが、その表情はすぐにほぐれた。
「・・・新撰組って知ってる?」
「新撰組?・・・あぁ、確か池田屋事変とかいうやつで有名になった」
ニッと不適に笑って出した話題は新撰組。
そのつながりが志摩にはどうしても分からなかった。
だが、今にそのつながりが分かった。
「実は、その新撰組の副長助勤の人の中に、同じ苗字がいるの」
「・・・は?」
自信満々に、彼女は言った。
「永倉新八っていうの。さて、コレは一体どういうことでしょう?」
「・・・まさか・・・」
志摩の予想は当たった。
「そう、私は末裔。正しくは、永倉新八の子孫です」
「な・・・な・・・」
「刀持ったら結構強いんだ〜私っ!!」
目の前でウインクをしている彼女の方が、有利の所に立っていた。
「・・・しかたねぇなぁ」
きっと香も賛成してくれるだろう。
観念したのか、せざるを得ないのか・・・志摩はしぶしぶ首を縦に振った。
こうして、よろず屋東海道本舗と永倉屋は結束を結ぶことになった。
そして・・・
「・・・そういえば、って奴と志摩さん、よく似てたよなぁ・・・」
と、香が睨むとおり二人の関係は次第に発展していくのだ。