今夜、とても美しい天使を目撃しました。

 次の日、それと引き換えにたった一人の少女が姿を消しました。





Beatrice ――― angela -天使-






 朱色だった空も、やがて藍の色を含んでくる。
 丁度深い蒼だったとき、最初に目を覚ましたのはアレンだった。
「・・・ラビ、起きて」
 ラビにもわかったのか、すぐに身体を起こした。
「アクマが来ます」
「だな。のところに行くさ」
 すぐに準備をした2人は、即座に隣の部屋へ向かった。

・・・・・・え、寝てなかったんですか?」
 銀の髪を下に伸ばし、は窓際に佇んでいた。
 寝ていた形跡も無く・・・ずっと空を見上げていたのだろう。

「・・・?」
「2人とも、早くしないと像が壊されますよ!?」
 ラビには何か引っかかったが、確かにアレンの言うとおりだ。
 に来ないように制したが、耳を貸さないことを何処かわかっていたみたいだ。
 少女が付いてきているのだが何も言わずに手を引っ張った。

 3人が出ると、もうアクマが銅像に集まっていた。
 すぐさまアレンに続き、ラビは槌を発動させる。
、危ねぇからそこにいろよ!」
 そう言ってアクマに向かって槌を振り下ろした。

 はラビの言うとおり、ジッとしていたが、銅像を見るとつい足が動いてしまう。
 頭上では戦いが繰り広げられていたが、それに見向きをしないは、像の目の前に立つ。
 騒ぎとは無縁な、綺麗な地に座り込む少女と、佇む少年。
 そんな様子を彼女はただ見つめていた。

 後ろにアクマが居ても、それは変わらない。
!?」
 アクマの標的となっていたを逸早く見つけたラビは、すぐに彼女を抱き上げた。
 片手で後ろのアクマを壊し、そのまま一掃させる。

「何してるんさ!?」
 しかしラビは下ろさず、片手で抱き上げたままもう片方で戦いを続けた。
 さすが、エクソシストだ。
 片手でも充分アクマを壊すこそが可能だった。
 さらにアレンも手伝って、レベル1のアクマはすぐに全滅された。





 戦いを終えたラビは、を下ろした・・・しかし、彼女はまるで像のようにしゃがみ込んだ。

「・・・・・・?」
 怒ったのがやばかったかなぁなんて思いながらも、ラビは顔を覗き込む。
 そして、仰天の声を上げた。
「ちょっ、どうした!?」

 は声を出さず、ポロポロと涙をこぼしていた。
 蹲るように泣いていたを、ラビとアレンはどうしたらいいのか解らず見下ろしていた。
 いや、見下ろすことしか出来なかった。


 やがて、何か声が聴こえた。




 “redento”(救われた)




 英語じゃない言葉は、ラビとアレンにはわからなかった。
 言葉よりも、の身体の異変を凝視していたのだ。

!?」
 ラビの声だ。焦りを秘めていた。



 泣いていたの背中がポゥッと光り、白い光がゆっくり形を作り出していた。
 バサァッという効果音が似合うように、大きく純白の翼が徐々に広がった。

 重力に逆らうように、の体は上へ浮き上がっていく。
 周りには、夜とは思えないほど明るい光が燈っていた。

「・・・ちょっ・・・!?」

 ラビが見たは、もう泣いてはいなかった。
 
 しかし、切ない表情を浮かべていた。



「私、ここにいちゃいけなかった」

 ありがとう 大好きだったよ



 高く柔らかい、少女のような声が聴こえた。
 聞き覚えの無い声だったが、ラビにはわかっていた。
 の両手は、運命に逆らうように下へ向かれた。・・・でも、ラビには届かなかった。


「・・・・・・っ・・・」

 縋るような声が響く。

 最後に見えたのは、笑顔から泣き顔に変わる天使の姿だった。
 天上へ昇り、やがて光に呑まれるように消えていった。





 天使の涙が重力に逆らわず、落ちる。

 の居ない空には、天使の通り道のような虹が広がった。・・・真夜中の、虹だった。

 ラビはいつの間にか泣きながら、尚も彼女の面影を探して両手を広げていた。