少女のスケッチブックは“鶴の一声”。

 突拍子のないことを書いて、今日もみんなを困らせます。





Beatrice ――― prece -願い-






「・・・・・・ちゃん?」

 様子を見るように呟いて、顔を覗き込む人が居た。
 冷や汗を流しているラビが、と呼んだ銀髪の少女の様子を窺っている。
 一方、はムスッとした表情を隠すことなく見せていた。
 ラビの方も見ずに、ただ膝を抱えて怒りを露にしていた。


 今朝、ラビはコムイに呼ばれて司令室に行った。
 ただ手伝いとかで呼ばれたのなら怒りもしない。しかし、そんな単純なものではなかった。
「ラビ、アレンくんと任務に出て欲しい。今夜出発だよ」
 コムイに言われたとき、ふと浮かんだのはの姿だった。

 あちゃあ〜・・・が怒るさぁ・・・

 前も任務に就いたことがあったが、その時にが寂しがっていたらしい。
 また「行く」と言うと、今度は泣き出すか怒るか・・・
 とにかく、ラビが言いづらい気持ちもわかる。
 しかし・・・任務はエクソシストの義務とも言える仕事。
 のことだけで放棄することも出来ないだろう。

 一応、彼女に任務のことを言った・・・そして今に至る。



「・・・、だから任務が終わるまで大人しくしてて?」
 ラビが可愛く言ってみるが、に効き目はない。
 虚ろな目は変わらないが、何故かふてているように思えてしまう。
 静かに立ちあがり、驚きの表情をしたラビを過ぎて部屋を出て行った。
「え、!?」
 慌ててラビも追う。

 スケッチブックを握り締め、ふててしまったは早歩きをしているが、
ー、何処行くんさぁ!?」
 後ろからラビの声が聴こえ、徐々に走り始めた。

 タタタタッ・・・・・・タッタッタッ・・・・・・

 の走る音、ラビの追う音、それぞれが教団内に響き渡っていた。
 銀髪を揺らす少女を追い抜かないように追っていたラビは、徐々に顔色を悪くする。
「・・・オイオイ、そっちは・・・」
 やがては立ち止まり、思いっきりドアをぶち開けた。



 バァンッと響き、床に散らばる紙たちは少し舞い上がった。
 そして机の傍にいた2人は小さな少女を吃驚しながら見つめた。
 司令室にいたのは、コムイとアレン。
 にとって丁度良い組み合わせだった。
 ラビの止める声も聞かず、は虚ろな目を据わらせてコムイとアレンの2人が見える場所に移動した。

「・・・ちゃん?」
、どうしたんです?」
 2人とも、初めて見るの表情に冷や汗を流しながらそう呟いた。
 は、コムイの目をジーッと見て、スケッチブックを開く。
 サササッと即興で書き上げ、それを3人に見えるように突きつけた。

 “アレンとラビのにんむ、私も行きたい。”

 子供ながらに“任務”を平仮名で書いてまで、彼女の意思はハッキリしている。
 任務が放棄できなければ、ついていけば良い。これが彼女の思いだった。
「はぁあっ!?何言ってんのさぁ!!」
 それに逸早く反応し、そして驚いたのはラビ。
 ブンブンと首を横に振って、「絶対駄目だって!!危ねぇもん!!」と言った。
 しかしの目は変わらず、ラビの言葉に耳を貸していないようだ。
 彼女の目はラビの方にも向かず、ただコムイをジーッと見ている。

 虚ろな目だが、漆黒の瞳はとても引きつけられる。
 しかも彼女に決意があればあるほど、それは拍車がかかるものだ。
 流石のコムイもウッと息を詰めたが、それでも余力で首を横に振った。
 これで彼女が引き下がるか・・・否。そんなはずが無かった。

 ムッとした表情を作り、粗くスケッチブックを捲って書いている。
 “私だってアクマってやつくらい倒せる。”

「で、でも本当に危険ですよ・・・?」
 アレンの方に見向きもしない。
 の視線は全てコムイに注がれていた。
 半ば殴り書きでスケッチブックに記す。

 “絶対行きたい。一人ぼっちはやだ!”

 の目を、コムイも見つめ返していた。
 彼女がどれほどの熱意を持っているのかが知りたかったからだ。
、いい加減にしろ」
 ラビの言葉の後に聞こえたのは、意外な声だった。
「そんなに行きたい?」
 コムイだ。
 笑顔になってに尋ねていた。
 少女は髪を大きく揺らして頷く。

 の熱意が充分伝わったようだ。



「ラビ、アレンくん。ちゃんを連れて行ってあげなさい・・・よく護るように」
 “室長”の言葉は少女を嬉々の表情に、そして2人を非難の表情にさせた。
「ちょっ、コムイ!?何言ってんか解ってんの!?」
「そうですよ!!護るって言っても危ないですって!!」

 当然ラビとアレンは批判の声を浴びせた。
 しかし次の言葉で、その言葉すら言えなくなる。

「だったらラビ、アレンくんの2人で説得してよー!」
「「うっ゛・・・・・・」」
 そう、2人ともそれが不可能なことくらい解りきっていた。

 彼らにも、の熱意は届いていたからだ。





 こうして、少女も特別に同行することが許可された。

 向かうはイタリア、とても小さな街だった。

 全ては・・・・・・この街に行くための必然だったのかもしれない。