少女の手が、滑らかに動きます。
バンダナをつけている少年の歌に合わせ、とても綺麗な音色を奏でていました。
あの時、アクマを一気に壊したを傍観していたエクソシストたち皆が言った。
あまりに声が上擦っていて、訊いたコムイとリーバーも呆れた表情が出ている。
『天使のよう』
一番出た言葉がこれだった。
の戦い方が知りたかっただけなのだが・・・エクソシストが居なくなった司令室で2人。
会話はコムイから始まった。
「リーバー班長、ちゃんはイノセンスを持っていると思う?」
その返答はすぐ出された。
「解りません」
「もしイノセンスの適合者なら、寄生型だよね」
「でも、何処に寄生させているんスかね?」
以下の会話が終わり、再びシーンとした空気が残る。
2人の考えとしては・・・が寄生させているのは両手。
しかしアレンのように十字架も埋められていなかっただろう。
「・・・ヘブラスカに見てもらったらどうです?」
リーバーだ。
ヘブラスカというのは、エクソシストが集めたイノセンスを保護する存在だ。
適合者が居ない場合、ヘブラスカの身体の中で眠ってもらうことになる。
そして、適合者がいた場合はシンクロ率などを見分けることも出来るのだ。
「寄生型かどうかなどはわかると思いますが」
コムイはうさぎのついたカップを傾ける。
「・・・そうだね。じゃあそうしてみるかな」
コーヒーを置いたコムイは、にっこりと微笑んだ。
暗く、大きな空間にが居る。
しかし部屋の中央に、人のような光が浮かんでいた。
相変わらずうつろな目はその光を映していた。
隣ではコムイが何か資料のようなものを持っている。
「ちゃんはそこに立ってるだけでいいからね」
こくん、と首を縦に振った。
ヘブラスカ、と言った声と共に、光が動く。
「こ、れは・・・」
光の声だ。
大きな塊は、の近くまで寄ってきた。
「お前は・・・人間ではないな」
相変わらずの目だ。
「そしてアクマでも、ない・・・」
漆黒の目にはヘブラスカが映っている。
「ヘブラスカ、ちゃんにイノセンスはあるかい?」
コムイの言葉にすぐに返答された。
「いや、ない」
「ない??」
を見るヘブラスカは、少し驚いた表情を露にしていた。
しかしは銀の髪すら揺れることはなかった。
「ない、かぁ・・・」
ならばあの時アクマを倒したのはなんだったんだろう?
そう考えたいところだけど、ふとのほうを見た。
は持っていたスケッチブックを開き、薄暗い空間にも関わらずスラスラと綴った。
“もういい?”
ぼんやりとした目から、期待が感じられる。
「・・・うん、良いよ」
ニコッと微笑んだコムイの言葉に、は嬉々の表情をする。
そしてタタタッと小走りで部屋を抜けていった。
コムイはその笑顔を持続させず、複雑な表情をしていた。
タッタッタ・・・と軽い音が聴こえていた。
談話室へ向かっていたが走る音だ。
みんなが振り返ることも気にせず、談話室へ向かったは、明るい表情に変わった。
その先に居たのは、一番懐いているラビの姿。
「お、終わったん?」
ソファに座るラビの前で止まり、大きく頷く。
にっこりと微笑んだに釣られて、ラビも微笑む。
「じゃー行くさ!!」
勢いよく立ち上がって、の手を引っ張り歩き始めた。
楽しそうな2人の姿を、はたから見た人々は似たもの兄妹のように思えるだろう。
身長差があるものの、恋人同士のようにも思えた。
ラビの右手がの手を掴み、導くように歩いている。
はきょとんとした表情だったが、ラビと一緒に居られることが嬉しいらしく、笑顔に変わる。
何処に行くんだろう?
それでも何も訊かないが居た。
何階か階段を登り、奥へ進んでいく。
大きな扉を開いた途端、の表情が驚いたものへ変わった。
「よし、着いたさぁっ!!!」
ラビの楽しそうな声が部屋に響いた。
大きな十字架が中央にあった。
それはラビの団服に付いている、黒の教団の証である十字架だ。
その十字架の前に、小さなグランドピアノがあった。
椅子が多く並び、ピアノへの道のみが中心にある。
教会のような雰囲気を感じる空間は、とても広かった。
「ほら、ピアノ弾きたいんしょ?」
の手を前に引っ張る。
タタッとバランスを崩して前に出たは、うつろな目を輝かせて前に歩き出した。
前、を残して任務に向かったとき。
は部屋でスケッチブックに鍵盤を描いて、それに手を置いていた。
その様子を見ていたラビは、ピアノが弾きたいのかと思ったのだ。
リナリーは、此処に永い間いる。
だからピアノがあるのか、あるとしたら何処にあるか、訊いてみたところ、この部屋の名前が出た。
リナリーから教えてもらったラビは、早速を連れてきた・・・といったところか。
なんだかんだ言ってラビはのことがよく解っているようだ。
の後を歩く。
ゆっくりだけど、彼女は確実に十字架へ近づいていた。
大きな十字架のせいで、グランドピアノが小さく感じた。
しかし、近づくとピアノも大きいものだった。
椅子に座り、蓋を開ける。
綺麗な白と黒のコントラストが規則的に並んでいる、鍵盤へと手を乗せた。
一番前の椅子に座り、嬉しそうに弾き始めたを眺める。
ラビはを微笑ましい、優しい目で見ていた。
ゆっくり始まったピアノは徐々に大きな音を立て始めた。
聴いたことのない曲はの指を走らせる。
驚いた。
がこれほどまでの腕を持ってたとは・・・。
難しい曲も楽譜なしで引き上げる。
2曲ほど弾いた少女を、ただ驚いた表情と共に見つめていた。
3曲目は、聖歌だった。
ラビの知っていた曲。口を開いた。
誰かの歌声が聞こえる。
私の曲に合わせて、唄を歌ってくれてるみたい。
人物は知っていた。
の目が横を向く。
ラビが両手を椅子の後ろに回し、丁寧な旋律を声で奏でていた。
十字架に聴かせた聖歌は、とても綺麗なものだった。
「ヘブラスカ、ちゃんには本当にイノセンスを持っていない?」
たった一人残ったコムイに発せられたのは、不可解な予言だった。
「近いうちに消えてしまう・・・彼女自身も判っていない、未知のもの」
あの頃は首を横に捻るくらいしか出来なかったが、今なら頷けるかもしれない。