寂しかったのです。

 少女は、スケッチブックに描き始めました。





Beatrice ――― assente -不在-






 昼前、お世辞にも朝とは言えない時間には目を覚ました。
 与えられた部屋は殺風景で、ベッドと机しかなかった。
 大きな窓からは光が舞い込んでくる。

 ゆっくりと身体を起こし、覚醒させた途端に寝巻きを脱いだ。

 はラビにとても懐いている。
 ラビも最初は嫌がってたものの、今ではよきパートナーだ。
 の可愛さに魅了されたか、はたまた無邪気な様子を可愛く思ったか。
 どちらにしても、二人とも懐きあっていることはみんな百も承知だった。

 そんな彼女が行う一番のイベントは、ラビを探すこと。
 いつもこの時間なら食堂や談話室に居るはずだ、とは足を速めた。



 食堂は、ようやく客で賑わい始めたところか。
 キョロキョロとあたりを見回す少女が一人、男性陣の中で目立っていた。
 背中まで伸びる銀の髪が大きく揺れ、は笑顔に変える。
 てててっと走り、座った隣に居るのは、
?どうしたんです?」
 大きな皿を何枚も並べ、その殆どが空となっている。
 その所持者はアレン。
 スケッチブックを取り出し、は必死で書いて見せた。困っている表情をプラスさせて。

 “アレン、ラビ見なかった?”

 あぁ、居ないんだ。
 それだけでこんなにも寂しそうにするを、不覚にもアレンは可愛いと思ってしまった。
「確か、今日は任務だと思いますよ。リナリーかコムイさんに訊いてみたら?」
 瞬時に一喜一憂させたは、見ものだったかもしれない。

 立ち上がっては走り出した。

「・・・・・・・・・」
 残されたアレンはというと、思い出したようにプッと吹き出した。
「可愛いくらいに懐いてますよ、ラビ」





 もうダッシュで走るを振り返る人々がいる。
 その中の一人に用事があったことに気付いた彼女は、再びあとに戻ることになった。

?どうしたの、そんなに慌てて?」
 はぁっ、はぁっ、と息まで荒くなっているが、リナリーを見つけることが出来た。
 はスケッチブックを出して、ササッと書いた。

 “リナリー、ラビ見てない?”

 きょとんとしたリナリーは、あっ、と言った。
「任務に出てるよ」
 そして安心して欲しそうに微笑んだ。
「大丈夫、今日中に帰ってくるわ」
 リナリーはそういうが、は落ち込んでしまった。

 とぼとぼと歩くをしばらく見送っていたリナリーだが、
「・・・ってあんなに可愛い表情するのね」
 なんて微笑んで、再び歩き始めた。





 さっきまで走っていた銀髪の少女は、今度は落ち込んで歩いている。
 ラビが居ないだけでこれほどまでに変わるのだろうか・・・ならば、変わるだろうが。
 声が出なくてもため息くらいは出る。
 はぁ〜、と一つ吐いて、遂には止まってしまった。
「オイ」
 は動かない。
「・・・オイ」
 やはり動かない。
「・・・オイ!!」
 ビクッと肩を震え上がらせ、急いで振り返った。

 途端、の表情がこわばった。

「邪魔だ、クソガキ」
 神田だ。思いっきり睨み、の横を過ぎ去っていった。
 もしもの声が出たならば、「怖い」と絶対言うだろう・・・

 実際に固まってしまって数分間も動けなかったらしい。





 時は過ぎ、夕暮れ時。
 何処に行くにもなく、歩いていたは自室に逆戻りしてしまった。
 机にうつ伏せてみる。
 起き上がり、椅子をガタガタ揺らしてみる。
 ・・・暇なことに変わりはなかった。

 暗い顔をしていたは、閃いた笑顔をした。
 前もしたことがあるこの表情、の悩みを救う元になるのだ。





 少し経ち、夕暮れが闇に飲み込まれかけていたとき。
 コンコン、と部屋のドアがノックされた音が聴こえた。
〜・・・?」
 アレンとリナリーからの様子を聞いて、嬉しい気持ちでいっぱいだっただろう、ラビの声がした。
 しかしはドアの方を向かず、寂しそうな表情を浮かべてスケッチブックに向かっていた。
 指を置いては離し、それを繰り返している。
?帰って来たさ!」
 元気な声が聴こえ、やっと気付いたみたいだ。
 が振り返り、途端に満面の笑みに変わっていった。
 椅子から乱暴に降り、小走りでラビに抱きついた。
 それはそれは、可愛い忠犬のようだ。

「何してたんさ?」
 覗き込むように遠くの机を見た。

 ・・・ピアノ?
 のスケッチブックには、黒と白の鍵盤が並んでいた。





 ピアノが好きだったようだ。

 少女が奏でる音楽とは、どんなものだったのだろう。

 今も上で弾いている、此処まで音が聴こえる。