「、トレインへ
今日のお昼はスヴェンと外で食べてきます。
だからどうにかしてね。・・・特にトレイン。
食材はあるから作ったらいいってスヴェンが言ってたよ。
イヴ」
朝、やっぱり遅く起きてみたらこんな置き手紙が残っていた。
トレインと二人ねぇ。
よっしゃ、いっちょ何か作ってやるか!
知らぬが仏の場合
「トレイン起きて!!」
バタンッと乱暴にドアを開け、ニコニコ笑顔で私は遠慮なく部屋の中に入っていった。
トレインはというと、相変わらず気持ちよさそうに寝ちゃってさぁ。
いつもの私ならあんまり起こさないようにするんだけど、そうもいかないのよね。
「ほら起きろ大食い猫!!!」
思いっきり布団を剥ぎ、左手を素早く動かした。
チャッ、と音がして、あどけない寝顔のトレインのこめかみに愛銃を当てたそのとき、
ガバッと起きたと思うと、私の銃を手で叩き落としてしまった。
パァンッ!と音が響く。
「いったぁ〜・・・」
こいつ、手加減しなかった!!
あからさまにムスーッとした表情を作ると、さっきの行動は無意識だったのかトレインはハッとなって、
「あっ、わりぃ!つい条件反射で・・・」
「そうやってすぐ起きればいいのよ、いつも」
そう、さすがブラックキャットというべきなのだろうか。
銃を向けられると無意識で脳を起こし、先手を打つのだろう。
あーあー、そりゃ掃除屋以前に命は狙われやすいけど・・・あぁはなりたくないわ。
赤くなった手を摩りながら、ジーッと睨んでやった。
でもすぐに水に流してやるのが私の愛情というものよ。
にっこりと微笑んだ。
「実はね、スヴェンとイヴが出かけちゃったからお昼ご飯は私たちでとらないといけないのよ」
トレインはもう許してもらったことが解ったのか、ニッと笑い返した。
「じゃあ食いにいくか?」
「だめ、お金がもったいないでしょ」
「は?じゃーどうすんだ??」
こいつ、スヴェン以外でご飯を作れる奴は居ないと思ってるわけか。
くっ・・・こうなったら株を上げてやる!
私はより一層、寧ろ怖いくらいに微笑んでやった。
「私が作ります。何がいい?」
「・・・はぁっ!?」
トレインの表情は驚きでいっぱいだった。
えーい、ムカつくわね!
絶対おいしいって言わせてやる!!!
キッチンへ下りた私たちは、まず冷蔵庫の中を見た。
「・・・で、何を作る気なんだ?」
少し額に汗が見えるけど、敢えて無視。
「キャットフード?」
「・・・、撃つぞ。」
「嘘だって。」
そこまで怒らなくてもいいじゃない。
うーん、食材としては・・・キャベツにトマトケチャップとか卵とか玉ねぎ、ミルク、あとひき肉・・・
それらを使った料理を私の脳裏で探し始めた。
といっても、本当のレシピじゃないんだけどね。
私が探しているのは以前読んだ『家庭料理のススメ』っていう分厚い本。
実はこれ、暗号で書かれていた錬金術書だったのよ。
でもスヴェンに見せたら嬉しそうな表情をしてたし(レパートリーに困ってたのかな?)、あれを参考にすればいい。
一度読めば、覚えちゃうんだから。
私は確信を感じて微笑んだ。
「・・・なぁ、やっぱ食いに行ったほうが・・・」
「トレインは心配しないで!」
カップにミルクを注ぎ、それを持たせる。
「ほら、これをもってリビングに居ること!いいわね?」
それでも・・・と、トレインは動いてくれなさそう。
確かに私は作るのが初めてよ。
料理レシピは錬金術を目当てにしないと全然読まないし、料理だってスヴェンに任せっぱなし。
その前はしょっちゅう外食だったし、自炊というものはしたことがない。
でも・・・私には確かな確信があった。
「実はね、トレイン。錬金術は、台所から生まれたのよ」
その言葉を聴いたトレインは、少し期待の目を輝かせた。
「えっ!?そうなのか!?」
「そうなのよ。錬金術の調合は、料理が基とされているの。だから、私には出来る!!!」
「おーすげぇ!!!任せたぞっ!!!」
さすがのトレインも納得したみたい、カップを持ってリビングへ素直に行った。
「・・・そう、天才錬金術師である私に不可能という文字はないわ!!!」
この妙な自信は一体何処から来たのか・・・後に悔やむことにもなるんだけど。
料理を開始して数十分。
・・・私は思いっきり四苦八苦していた。
「うぅ・・・玉ねぎってこんなに目にくるのね・・・」
ボロボロと泣きながらも包丁を動かす。
調合から、何かを切ることは慣れていた。
きっと調味料を加えることにも慣れているだろう・・・と思っていた私は、思わぬ問題に突入する。
「・・・確か、お塩適量ってあったよね。」
“適量”・・・・・・???
やばい、これが調合だったら、適量で入れたとたんドカンと爆発しちゃう。
だから“適量”がどれくらいの量なのかがわからない私は・・・
「・・・えーいめんどくさい、適量なんだからいいんだよね!」
私が良いって思うくらい・・・大きいスプーンに10杯入れておいた。
だって適量でしょ?どんな量でも料理は出来上がるのね。調合よりも簡単なんじゃない。
と、自分らしさでその問題を乗り越えたのは良いけど・・・
少し経って味見をしてみると、めちゃくちゃ辛くなっていた。
「・・・む、難しいわ・・・」
あれだけ大見得切ったのに、出来なかったなんて言えない!!
「・・・甘くなるものないのかなぁ・・・あ、飴があるじゃない!」
ポポポイッ、と近くにあった飴玉を3つ入れ、溶かす。
こんな要領で、様々なものを入れて味を安定させようとしていた。
「・・・遅ぇなー・・・」
もうとっくの昔にミルクを飲み干したトレインは、キッチンのほうを見てみた。
私の姿は見えないけど、向こうからガシャンとかゴドンとか、様々な音が聴こえている。
「・・・く、食えるのかぁ??」
トレインはごくっと生唾を飲み、そーっとキッチンのほうを見てみた。
「・・・・・・っっ!!!???」
悲惨なものだったんだろうなぁ。だから見ちゃだめだって言ってたのに。
“それ”を見たトレインは、リビングの端のほうで丸まり、目を瞑って音が聴こえないように耳をふさいでしまった。
・・・よっぽど怖かったんだろうね。
ちょうど、私が決意を決めたときだった。
「・・・こうなったら・・・」
スッと手をかざし、何か光が現れた。
「トレイン、何してるの?」
エプロンを取った私は、いつもの笑顔で料理を机の上に置いた。
その行動にビクッと肩を震わせたトレインだったけど、お皿の上を見て唖然の表情。
「・・・あれ?」
「ん?どうしたの??」
「あ、いや・・・なんでもねぇけど」
あははと笑ってる。
どうやら夢でも見たのかと思ったんだろうなぁ。
お皿の上に乗っているのは、ロールキャベツのトマト煮だった。
とてもいい色のロールキャベツが、ますますトレインの食欲を誘ってるみたい。
美味しそうに目を輝かせて、ふと私のほうを向いた。
「、こっちで食べるのか?」
「うん。たまには良いでしょ?」
なんて言いながら、カップにもう一度ミルクを注いであげた。
トレインはパクッと一口食べ、めちゃくちゃ嬉しそうな表情をした。
「めちゃくちゃうめぇじゃねーか!!!!また作れよ!!」
「えっ・・・う、うん・・・まぁ機会があればね。」
トレインの言葉を聞いて安心した私は、フォークを持った。
実はこれ、錬金術で作ったものなんだ。
出来上がったものは凄まじくて、ロールキャベツは愚かシチューのようなものでもないものが出来上がってしまった。
だから、それを再び錬金術を使って作り上げ、トレインの前に出したってわけよ。
幸いなことに、トレインはリビングの端で目と耳を塞いでたからね。
練成の音や光には気付かなかったみたいだね。
とにかく、もう料理はしないようにしなくちゃ。
錬金術が台所から生まれたなんて、誰がそんな嘘を吐いたんだか・・・恨みたくなっちゃう。
その後、私はもちろんトレインもキッチンには近寄らなかった。
次に近寄ったのは、帰ってきたスヴェン。
「・・・な、なんじゃこりゃあっ!?」
お鍋とかのように思える“物体”は溶け、コンロはもちろん床にまでどす黒い液体が飛び散っている。
結局晩御飯は店屋物になったんだけど、スヴェンは何があったのか未だに解ってないんだって。
『知らぬが仏』ってね。
今生絶対に言うことはないと思う、私だけの秘密。