・・・なんでお前が?」
 トレインは呆れ混じりにそう呟く。
 きっと彼なりの皮肉だろう。





彼女の災難






 数時間前、スヴェンの車に乗っていた全員が彼の言葉に驚いた。
「私の偽者!?」
 の言葉を筆頭に、トレインとイヴはブンブン首を振る。
 当のスヴェンも噂らしく、少し自信なさげだが・・・
「前にトレインの偽者があっただろ。あの件から言っても充分ありえるな」
「だけど、トレインと違って私は錬金術師だし!!」
 後ろから乗り込んだ状態で否定を訴える
 トレインがボソッと「関係ないぞ」と言った言葉は敢えてスルーしたのだろう。
「だが、現に次の街で俺たちのターゲットにしてたヤツを捕まえてるんだ」
「でも・・・!!」
「とにかく、次の街に行って調べてみたらいいんじゃない?」
 イヴの言葉に一同納得したのは、言うまでもない。


「それにしても・・・」
 街に着いたは車から出ながら言った。
「よりによって、私の今の名前を名乗るなんていい度胸じゃない」
 トレインがそんなを見ていた。
「おい、もし見つけたらどうする気なんだ?」
「ん〜?」
 彼女の返答には、スヴェンもイヴも気になっていた。
「まぁ、名乗るのはいいけど掃除屋の邪魔されるのは勘弁だよね」
「そんだけかよ・・・」
「そうねぇ」
 やはり彼女は何も考えちゃいなかった・・・
 とても頭がいいはずの錬金術師がこんなものでいいのだろうか?
 イヴは考えてしまうだろう。


 しかし、思いがけず出会ってしまうものだ。
 舞台は宿で、しかも最悪の出会い方だった・・・


 宿屋へは近かったため、車を近くに止めて歩きで向かった。
「おぉ〜結構綺麗そうだね」
 スヴェンは「まぁな」と言った。
「前の街で結構デカいヤツを捕まえたからな。今日だけは裕福になるってもんだ」
「あはは」
 は笑いながらも勢いよくドアを開けた。
 しかし・・・

 ガンッッ!!
「わぅっ!!」

 ドアは開くどころか迫ってきて、のおでこにとても良い音でぶつかって来たのだ。
!?」
「大丈夫か!?」
 それには他の3人も吃驚して、をのぞき見る。

「うぅ〜・・・大丈夫・・・」
 といいつつも、涙目だ。

「きゃ〜大丈夫!?」
 向こうから再びドアが開き、そこから出てきたのは一人の女の人。
 20代だろう、髪の毛はパーマが当てられ、よりも背が高かった。
「大丈夫です・・・」
 漫画のように、目をクルクル回して言う言葉だろうか。
「ごめんね〜!つい押しちゃって・・・」
 しかし、側のほうが『押す』方であって向こう側は引かなくてはならないはずだが・・・

「ホントに大丈夫です!」
 ドアに頭をぶつけた上、そこでもたもたやってると他の視線も感じてくる。
 は勢いよく立ち上がった。(イヴが吃驚したのも当然だ)
「本当に?ごめんね!」
 そう言ってた女の人は、ふと気がついた。
「此処で会ったのも何かの縁よね。あなたの名前は?」
 どんな縁だよ・・・と、トレインが突っ込みたくなったが、次の言葉でそれは止められた。


「私の名前は、あの『』よ!」

 ・・・え?


 ・トレイン・スヴェン・イヴは硬直した。

 なんせ、こんな偶然出会うものなのだろうか。
 しかし・・・がここに居る限り彼女が『偽者』に値する。

 なんか胸元に書いてある『0』というマークをチラチラ見せてきやがるが。

「ねね、あなたの名前は??」
 すっごい優越感か何かに浸ってるのか、とても図々しい態度だ・・・
 しかしは戸惑いつつ、機転を利かせた。
「・・・えーっと・・・

「「「!?」」」

 何を血迷って『本当の名前』を名乗るのか。
 しかし、結構いい機転だったりもする。
って言うの?」
「うんっ!ほんっと偶然だねーっ!」
 スヴェンはその言葉を聞いて納得した。
 確かに他の3人はの事を「」と呼ぶし、別にが錬金術やなにもしなければただの“”だ。
 ・・・しかし、普通なら動揺をするはずなのに。
「じゃあ私もそう呼ぶわ!同じね♪」
 なんて親近感まで持って接するとは・・・かなりの大物(笑)

 兎に角、最悪の出逢いはここでもって終結してしまった。





「おい、ホントにあの名前を名乗らせてていいのか?」
 スヴェンだ。確かトレイン偽者事件のときも言ってた。
「あの名前が危険なことはが一番解ってるだろう?」
「・・・確かに危険な名前だけど、最も危険なのは『前の名前』を名乗ることだもんね」
 笑いながらは続ける。
「それにね、やっぱ名乗ったからにはその責任も自分で負わなきゃ」
「おーいうねぇ!」
 その通りだと肯定しながらトレインが言った。
「解ったら本人も名乗らなくなるさ」
「獲物を横取りされるぞ」
 スヴェンが顔をしかめる。本人なりに結構悔しいらしい。
「まぁ時期を見て話してみたらどう?」
 イヴも助け舟を出してやる。
 は少し考えて、「時期を見て気が向いたら話そう」という結果に至った。


 翌日、の元に厄介な誘いがやってきた。
「ねぇねぇ!昼食ご一緒しましょ!」
 偽だ。結構上機嫌でニコニコしている。
「はぁ・・・」
 他人に対しては断れない性格なのか、はたまたこの人物には通じないのか。
 は渋々承諾してしまった。

 ここから物語は急転する。


「てなわけで、行ってくるね」
「おぅ!『ダリ=ジェーンズ』はオレらで捕まえるから、気にすんな」
「ぅぅ・・・私も参加したかった」
 トレインはきょとんとして、「オレはそっちの方に参加したいぞ」なんていうから、吃驚だろう。

 とりあえずは指定の場所に、きちんと向かってやった。



「お待たせ、
「あぁ・・・ううん」
 偽が現れ、それから昼食をとるべく店に行く途中だった。

「おい、アンタ・・・だな。」
 呼ばれた偽が振り返る。
 危なかった・・・思わずの方が早く反応してしまうところだった。
 偽が振り返った後で、も振り返る。
 そこにいたのは・・・確か、今朝スヴェンからの情報で見た『ダリ=ジェーンズ』だ。
「だれ?」
「誰だっていいじゃねぇか。アンタがあの『治癒の堕天使』だな」
 偽は胸を張って答えた。
「そうよ、私が『』!」


 はぁ〜・・・災難だ・・・
 は昨日なぜ本当のことを言わなかったか後悔した。
 まさかダリにまでの情報が漏れてるとは・・・しかも、こんなところで会うとは。
「トレインたちは何してんのよ・・・」
 彼らが居たらきっと呪ったことだろう。

「協力して欲しいことがある」
 数人の配下がこっちに向かってきた。
 偽の戦闘能力でも見ようかな・・・なんて思ってたは、唖然とした。
 あっけなく偽は攻撃を受けて気絶してしまったんだから。
 マジ!?私の名前を名乗るくらいだからもっと強いのかと思った!!
 心の叫びは誰にも聴かれることがないだろう。
「こっちの女はどうします!?」
「目撃はされた。連れて行け」
 敵の微妙な攻撃に、全然ないが気を失った「振り」をしたは、心底思っただろう。

 災難だ・・・今日は災難に違いない・・・と。



 車に乗せられたは、ずっと気絶したフリをしていた。(おかげで背中がとても痛い)
 その車はやがて何処か建物に入って止まった。

 降ろされ、数分経って起きた振りをする。(振りばっか・・・)
 「ん・・・」
 目覚めた振りをして、以下のことを確認する。

 一つは『此処は何処か』。もう一つは『偽は無事か』。
 どっちもすぐに確認できた。

 まずは此処は何処か。
 確かスヴェンの情報であった『アジト』だろう・・・薄暗く広いところだ。
 遠方にダリがいた。
 もう一つは、思いっきり無事だ。
 まだ気を失ってるようだが・・・隣で寝ている。
「・・・あーめんどい」
 足には枷がついている。
 はどうしようか考えていた・・・そのとき。


「ぅん・・・」
 偽が起きたようだ。ゆっくり起き上がって此処が何処か確認しようとしている。
!無事だったのね!!」
 ・・・此処で誤算が生じてしまった。。
 この女が大声で自分の名前を呼んだために、ダリたちにバレてしまったのだ。

「起きたか・・・さっそくだが、協力してもらいたいことだ」
 ダリは銃を投げ、偽に拾わせた。
「お前錬金術師だろう。それを直せ」
「・・・え!?」
 予定外のことに偽は吃驚していた。

 は動じない。
「(そんなことだろうと思った・・・)」
 きっと偽は錬金術が使えない。(錬金術師であるの勘だ)
 どうするのか・・・見物だ。

「今は・・・ちょっと使えなくて・・・」
 ダリの目の色が変わった。
「じゃあ死ね。用無しだな」
 ビクッと偽の肩が震えた。


 あーあ、限界か。なにかもっといい言い訳でもするのかと思ったのに。
 は足枷を握った。
 バチィッと紅い光と音が辺りを包み、当然偽とダリは驚いてを見る。
 カシャンと落ちたのは銃の形の銀の玩具。
 足枷だったものが“錬金術”で変形したものだ。

「さて、と・・・あー腰イタ」
 軽い準備運動をした後、ビッとダリを指差した。
「ダリ=ジェーンズ!!チェックメイトよ!!」
「・・・なんだてめぇは」
 軽快したのか、ダリは後ろ手で銃を握って言った。

「そんなことより、は助けてあげてね。つか、アンタは換金される運命だけど」
 はニコッと微笑む。
 その微笑に真っ青な偽は『どうなってもしらない』というような感情さえ溢れている。



「お前は死ぬがな!!」
 勝ち誇った顔で思いっきり銃を向けた・・が、の方が早かった。

 紅い装飾銃『ラピス』を素早く抜き、2発打った。

ガゥンガゥン!!

 乾いた音が響き、ダリは顔を顰めた。
 が打ったのは両肩。
 見事に命中し、ヤツは痛みに怯み、銃を落としてしまった。
「ちなみにさっきの答えね」
 跪いて両肩を持つダリに微笑んでは言ってやった。
「私は掃除屋でぃっす!!」
 久々に言った言葉に自分が一番嬉しそうだ。

 遠くでは配下が血相を変えて近づいてくる。
「さてさて、雑魚を処理しましょっか♪」
 壁に触れる・・・髪が揺れ、ピアスが覗いた。
 そのピアスが赤い色で光り、途端手からも紅い光が輝いた。

 バチィィッ!!!

 その光は先のほうに連結し、突然壁から太い棒がたくさん出てきた。
 ソレは牢屋のように端へ繋がり、配下たちは逃げることもダリのもとに行くことも出来なくなってしまった。

「さて、今度こそチェックメイトね♪」
 は楽しそうに微笑んだ。
 ・・・なに、この子?
 偽はおそらくそう思っただろう。





「・・・で、なんでがいて、ダリを捕まえてんだ?」
 やはりトレインは呆れている。
「あはは・・・」
 ダリを手錠で捕まえ、その上巨大牢屋を作って配下を逃がさないようにしている。
 さらに、足枷をしている偽が呆然として彼女を見ていた。

「じゃ、トレインたちはこれよろしく!」
 不本意ながらも、トレインはダリを受け取って換金しに行く。
 その間に、はそれまで放って置かれていた偽のことを済ませることに。

「・・・ごめんなさい」
「え?」
「あのね、知ってたの・・・あなたがじゃないこと」
 偽は驚いていて、目が見開かれている。
「・・・どういうこと?」

「えっと・・・私が『』なんだよね・・・」
 なぜかが申し訳なさそうに言っているが・・・さらに偽の瞳孔が開かれた。
「うそ・・・」
「ホントよ。ナンバーもあるし」
「じゃあ、なんで何も言わなかったの?」
 どうやら信じられないでいるらしい。
 はいろいろ訊かれるつもりでいたのか、すんなり話をした。

 偽はそれからも嘘だと言っていたが、愛銃『ラピス』やピアス、ナンバーも見てやっと納得してくれたのだった・・・


 偽の名前は『シーラ』と言った。
「そっちの方がいい名前!なんて名前じゃもったいないよ!!」
「そうかな?どっちにしても・・・ごめんね」
 初めて会ったときと同じことを言ったのだが、こっちの方がとても心が篭っていた。


 ダリは捕まり、シーラはの名前を名乗ることをやめた。
 今はたちも居なくなり、平穏な街の風景となっているだろう・・・。
 だけど友達になれたとシーラは、何年か後にまた会おうと言っていた。


 きっと、またこの街で何かあるにちがいない。