アジトの屋根に、綺麗な音色が響く。
 真っ白な天使のような少女がヴィオラを奏でていた。
 足元には、気持ちよさそうに眠る猫・・・いや、黒猫と呼ばれる者が一人。





カノン






「でーきたっ!」
 机に向かって、久々に錬金術を駆使した調合をしたのか、少女は疲れた体に鞭を入れて立ち上がった。
 手には、綺麗な黒い楽器 ―― ヴィオラだ。
 バイオリン・ヴィオラは茶色が普通なのだが、さすが
 作り上げたのは真っ黒という、変わったオリハルコン製ヴィオラ。
 なぜオリハルコンか・・・それは今までの癖の所為だろう。
 スッと絃を弾くと、オリハルコン製なのに綺麗な音色が出た。

「みんなに見せてこよっ!」
 彼女はガタッと立ち上がり、まずはリビングに向かった。
 リビングにはスヴェンがいた。

「あれースヴェン?イヴとトレインはぁ?」
 スヴェンはテレビを見ていたのか、体制をの方に向けて
「お?イヴは本を買いに行ってるぜ。もうすぐ戻ってくるだろうな。トレインは昼寝だ。・・・、なんだ?それ。」
 スヴェンはふと、が持っているヘンテコなものを見た。
 何なのか検討もつかないみたいだが、の調合に一目置いているスヴェンは興味深々だ。
「ばばーん!」
 はヴィオラを掲げて、無駄な叫び声を上げた。

「ヴィオラ造ったの!!」
「ヴィオラぁ?」
「よーく聴いててね!」

 ヴィオラを左手に持ち、弦をゆっくり引いた。
 バイオリンより、少し高い音が響く。
「どぉ?」
「どぉって、何に使うんだ?」
「ん〜・・・・・・」

 ヴィオラを見たは、もう一度、スヴェンを見た。

「防御?オリハルコン製だし」
「なにぃっ!!?ヴィオラにオリハルコンだとぉっ!?」
 スヴェンはガバッとソファから起き、の方に来てヴィオラを触る。
「ね?」
「おまえ、コレを常に持っておく気か?」
「うっ・・・」
 グサッとトゲが刺さる。
 何も言い返せない。スヴェンのほうがもっともな意見なのだから。

「・・・いいじゃない。イヴは喜ぶと思うよ?」
「まぁ、始めてみる楽器だしな・・・ほら、帰ってきたぞ」
 ドアが開く音が聞こえ、スヴェンが指を差す。
 指の方を向くと、少ししてイヴが本を持って現れた。
「ただいま、二人とも」
「お帰り、イヴ」
「イヴ、見てみて〜!!!」

 誰がどの台詞を言ったのかは、粗方わかるだろう。
 買ったばかりの本を机の上に置き、イヴはの方を見る。

、どうしたの?嬉しそう」
「えへへー」
 イヴに見えるように、はもう一度それを掲げる。

「みて、ヴィオラ造ったの!!」
「・・・・・・ヴィオラ?・・・って、バイオリンより小さくて音が高い?」
 さすがイヴ、よく知っている。
 しかし、初めて実物を見たのか、感動して眼が輝いてる。

「始めて見た!」
「でしょー!普通は茶色なんだけど、オリハルコン製なんだ〜♪」
 スヴェンよりも反応が良いため、も上機嫌だ。

、弾けるの?」
「勿論!」
「弾いて!」
「いいよ〜!」
 イヴから受け取って、は弾く準備をした。
 といっても、顎を乗せるだけだけど。
 ヴィオラを弾くときのは、調合中や仕事中ののようで、真剣な表情の中にも楽しさが混じっている。

 スッと、絃が弾かれた。

 綺麗な音が、奏でられる。
 楽しそうに、試しているようにも思えるの表情は、曲にとても合っている。

 途中まで弾くと、はヴィオラを下ろした。
「どぉ?」

 スヴェンとイヴは、あっけに取られた表情をしていたが、やがて盛大な拍手を送ってくれた。
って何でもできるんだねー!」
「今の曲はよかったな!!誰が作ったんだ?」
「ん?即興で私が作ったんだ」
 それだけ言って、次はトレインに見せに行くのか、階段を上がっていった。


「あれ、が造ったの?」
「あいつ、本当に何でもできるんだな」
 下に、唖然として階段を見つめている二人があったとかなかったとか。






 階段を駆け上り、は自室の隣の部屋であるトレインの部屋へ向かった。
「トレイン!!」
 一応ノックをして、乱暴に入ったものの・・・
「・・・あれ?」
 そこに、眠そうな顔で何事かとドアを見つめるトレインの姿はなかった。


 何処で寝てるんだろ・・・う?
 の眼に留まったのは、窓。
 窓が、全開。
 そして、ベランダに梯子みたいなものが見える。

 涼しい風に髪を撫でられ、トレインは静かな眠りについていた。
 しかし、さすが黒猫。
 屋根の上でも平気で寝ている。


「トレインー!!!」
「おわっ!!!」
 突如聞こえる大声に、トレインは飛び起きた。
 その拍子に堕ちそうになったが、ソレはまぁ置いておこう。
っ!?」
「やっほぅ!」
 梯子の下から、が微笑んで手を振っている。
 トレインはあぁ、かわいいなぁなんて思うのだろうか。

「私も登る!」
「はぁっ!?」
 足をかけ、ゆっくり登っていく。
 の体は足がなかったら中を浮いてしまうのだ。
 更に、便りの手もヴィオラがあるため片手ふさがっている。

「お、おい・・・気をつけろよ・・・・・・」
「うん」
 トレインの気持ちのおかげか、は半身屋根に到着した・・・が。


「楽勝〜♪・・・ひゃわっ!?」
 ヴィオラが邪魔になって、は足を踏み外した。
「ぅわわっ!!」
「おいっ!!」
 堕ちそうだったは、トレインが掴んでくれたおかげでそれはなくなった。


「ったく、気をつけろって言っただろ?」
「ご、ごめんなさい・・・」
 そのまま腕を引っ張られ、はようやく屋根に上ることが出来た。
「ふぅ・・・疲れた・・・」
「疲れたのはこっちだ!」

 と、怒ったものの、それ以上なぜかに頭が上がらないトレインは、一つため息をついて
「で、なんだ?」
「ん?そうそう!!見て〜!!」
 は左手に持っていてヴィオラを見せた。
 しかしトレインは・・・
「・・・なんだ、それ。食えるのか?」
「スヴェン以下の反応じゃないですか」
 あはは、と笑って、ふと立ち上がった。

「大丈夫か?」
「うん」
 今度はバランスを正した成果、真っ直ぐ立てている。


 すっと、は弾く構えをした。


 綺麗な、少し早い音色の中に、優しさが込められている。
 そんな曲をは奏でた。
 最初はトレインもの様子を見ていたが、やがて音楽を聴いてるうちに眠くなったのか
 の足元に転がって、また眠りだした。

 優しく主旋律を弾いているの耳には、いつの間にかピアノの音も聞こえ出した。
 近所の誰かがあわせて弾いてくれるのだろう、とても綺麗な音色を奏でていた。


 いつの間にか、人々が屋根の下に集まっていた。
 眼を閉じて、聞きほれている。


 一曲完奏すると、人々は拍手を送ってくれた。
 そして、トレインは気持ちよさそうに寝入っている。


「知ってた?トレイン。その行為は褒めてるんだよ」
 良い音色を聞くと、眠くなってくる。
 まさにその通りだな、とは思った。



 トレインの頭の中の音楽にあわせて、はもう一回演奏を始める。

 パッヘルベルの『カノン』を。