眠れない。
眠ることが出来ない。
なぜって・・・眠ったらあの夢を見るから。
あの頃の夢ばかり見てしまうから・・・
夜、は安らかに眠っていた。
とても安心していたはず・・・なのだが。
それを奪ったのは、夢だった。とても、辛くて怖い夢。
『や、止めてくれ!!殺さないでくれ!!』
大きな屋敷の中に、乾いた音が響きあう。
時期に、シンとした静寂音の中、男がそう叫んだ。
相手は真っ黒のコートを身に纏った少女・・・・・・アンジェリカ=だ。
『ばいばーい』
ニコッと微笑んだその笑顔は、天使のような可愛らしさだった。
しかし、ソレは殺人を楽しそうに犯している悪魔の顔なのだ。
紅い装飾銃から大きな音が聞こえる。
それが銃声だと、恐らく男ですら気付かなかっただろう。
さっきまで喚いていた男がバタッと倒れる。
頭から紅いものが溢れていた。
『・・・処理かんりょーうっ』
少女は、微笑んでいた。
翌日、夢を気にしないはその日もベッドに横たわっていた。
しかし、夢は彼女をそっとしてはおかなかった。
場所が変わっている。今度は路地裏だ。
何十人もの刺客がアンジェリカを狙っている。
その最後尾に目標がいた。
『・・・舐められたものね』
少女は楽しそうに笑っていた。
眼が、冷酷さを物語っていた。
勢いよく突っ込み、相手が打つ銃弾をかわしていった。
そして素早く紅い装飾銃を抜き、構えて打つ。
アンジェリカが打ったのは5発。全ての弾が5人の男の頭を貫いた。
打っている間、右手を片手につけて紅い光とともに巨大なトゲを突き出した。
ソレは壁側の男達の心臓や足、頭を全て貫き通した。
『うわあぁぁっ!!』
あまりの速さに男達は怖気づく。
『きゃはははっ!!』
しかしアンジェリカはまさに悪魔のように甲高い声を上げ、ゲームをしているかのように男達を殺していく。
全ての命を奪った後の少女は、真っ赤な悪魔と化していた。
それから、はあまり眠っていない。
あの夢は・・・がまだクロノスにいた頃だ。
まだ10歳ほどで、何も考えないで殺人を楽しんでいた。
今考えると、自分は何て恐ろしいのだろうと思う。
「?」
「へ?」
ふとスヴェンに呼ばれ、は振り向く。
そのスヴェンは心配そうな顔をしていた。
「お前、最近元気ないな。どうした?」
は隠すことなく答えた。
「ん〜・・・不眠症?」
しかし、苦笑している。
「不眠症だぁ?」
スヴェンと話していたつもりのの後ろから声がした。
「トレイン」
相手はやはり、いつだって眠れるトレインだった。
「お前そんなに繊細なのか?」
「なんて失礼な」
あははと笑うトレインに不満の眼差しを向け、再び朝食に手を付けた。
誰も深刻に考えることはなかった。
自身も別に深刻に考えることはなかった。
しかし・・・それから9日が経った。
「・・・・・・眠れない」
ちょっと深刻かもしれない。の眉間に皺が寄った。
深夜2時。
眠れないは、いつもなら調合をして気を紛らわすが、もう調合するものがない。
知らないレシピが知りたいとこのときほど思ったことはないだろう。
「・・・・・・お茶飲んでこよ」
そのまま下で過ごすのか、ぬいぐるみを持って彼女は部屋を出た。
そしてゆっくり階段を下り、電気を付ける。
リビングは朝と違って静かだ。
は音を立ててみんなを起こさないように冷蔵庫を開け、その中からお茶を取り出した。
ソファに座り、お茶を一口飲んだ。
「眠れることは眠れるのになぁ・・・」
実は凄く眠い。
だけど、眠ってしまうとあの夢を見てしまう。
「あ〜あ、どうしようかな・・・」
項垂れていると、階段から気配を感じた。
あちゃあ・・・起こしちゃったかな。
ソファから乗り出してみていると、やはりトレインが眠そうに降りてきた。
「〜?」
「起こしちゃった?」
トレインは眩しい電気に眼をしばつかせながら、リビングからミルクを取り出した。
「目が覚めただけだって。昼に寝すぎたせいかな」
そのままガスコンロに向かい、ミルクを温め始める。
「もいるか?」
「うん、お願い」
トレインの後姿を見ながらは答えた。
10分後、ソファにとトレインが座っていた。
二人の手には暖かいミルクが注がれ、が持っていたお茶と人ぬいぐるみは机の上に乗っていた。
「まだ眠れねぇのか?」
「うん・・・眠れるんだけど、寝たら嫌な夢を見そうで」
それだけ言うとはホットミルクを口に流した。
「あの頃の・・・クロノスにいた頃の夢ばっか見るの」
「・・・・・・・・・・・・」
再びリビングは静寂に包まれた。
暫く経った後、口を開いたのはトレインの方だった。
「いいんじゃねェの?」
「へ?」
ニッと、いつもの何も考えてないような笑顔だ。
「クロノスの頃の夢を見たってはだろ?今はもう関係ねぇじゃねェか。堕天使は天使に生まれ変わったんだろ?」
言われてみれば、そうだっけ・・・
「トレイン、何言ってるのかわかんないよぉ〜!」
「なっ!生憎文才能力はないんだよ!」
そう言いつつも、トレインの言っていることが何なのか、には解っていた。
「そっかぁ。そうだよね」
もう過去のことなんだ。
もう、関係ないんだ。
トレインはグイッとホットミルクを飲んだ。
「ま、それでも辛かったら、俺が慰めてやるから」
笑い声を上げると、「じゃなっ!」と部屋に帰っていった。
「・・・ありがとう」
の言葉は、トレインの元に届かなかった。
「あー・・・眠れそうな気がする」
晴れ晴れしていたの笑顔をぬいぐるみはみた。
涙が出ることはあったが、そんなときは起きて笑った。
そして、眠れない時はトレインの元にいけばいい。
それ以来、の不眠症はなくなった。