春、少しひんやりした風が気持ちよく吹く時、は部屋のベッドの上で無防備に眠っていた。
 窓が開け放たれ、穏やかな光とともに風が入る。

 彼女はとても幸せそうに、すぅすぅと寝息を立てていた――・・・





- 痣 / 痕 -






「トレイン!!!!」

 スヴェンとイヴは買出しに出かけていて、アジトの一階は静寂に包まれていた。
 その静寂の中、トレインは目を閉じて眠ろうとしていた・・・。
 しかし・・・その静寂は一気に消えていった。

 乱暴に開くドアの音、ダダダと荒く降りる階段の音、全てがトレインの耳に届いていた。


「こんのエロ猫めーっ!!!!」

 ソファの後ろで、が仁王立ちをしている。
 いつも感じる子供っぽさは全く感じられない。

 少し蒸し暑かったせいか、彼女の服装は白いワンピースを着ていて、髪の毛は寝崩れしていた。
 しかし彼女は気にも留めていない。
 むしろ、問題なのは髪の毛ではないのだ。


「なんだ、
 転んでいたトレインは座り、彼女の方を向く。
 きょとんとしているが、内心では大笑いをしているだろう。



「なんだじゃないでしょっ!!人が寝てる間に何してるのっ!!」



 本気で怒っているの左手には愛銃の「ラピス」が握られている。
 耳にはしっかりと陣が書かれているピアスがつけられていて、鈍く光っている。
「なんのことだ?」
 ニヤニヤしながらトレインは聞く。



「こっちが聞きたいわよっ!!!なによこの痣は!!!」



 が指を指した先に、二つの痣が残っていた。
 ひとつは胸元にあり、「0」の間に丁度付けられている。
 ひとつは鎖骨の上にあり、いつものが着る服だと目立ってしまいそうな場所だ。

「なにって、お前が寝てるときに付けたに決まってんじゃん」
 トレインは両手で両耳を塞ぎながら、しれっとした様子で言った。

「何で付けるわけっ!?」
「俺のものっていう印。いるだろ?」
「はぁっ!?あんたのものっ!?私が!?なんで!!」

 トレインは一度もに好きだと囁いたことはない。
 もちろんだってトレインに好きと囁いたことはない。

 しかしお互いのことを密かに想っていることを、トレインは知っていたのだ。


「だってお前俺のことが好きだろ?」
 けろっと言われるといっそスッキリするというところか。
 だがはスッキリするどころか、火がついたように真っ赤になった。


「なっ、なんでっ!?」
「違うのか?俺はお前が好きだぜ?」



「・・・・・・へ?」


 初めて聞いた、トレインからの告白。

 驚くなという方が無理なものだ。



「えっ!?えぇっ!?で、でででもトレインはサヤさんのことが・・・」
「誰がサヤを好きだっつった」

 トレインは呆れたようにため息をつくと、の腕を掴んで隣に座らせた。




「サヤは大切なヤツだ。でも、はそれ以上に大切だ」

「なっ・・・」




 目の前ではっきり言われると、彼女は何も言えない。
 しかもトレインはいつもと違い、真剣な目つきをしている。


「わ・・・私だって・・・トレイン以上に好きだもん!!」
「以上?」
「そうよ!私の方が好きだと思うわ!」


 そこまで言ったは、ハッと気が付いた。




「だからって、この痣はないでしょっ!?」




 はぐらかされるところだった・・・
 もう少しでは記憶の橋を崩されそうになっていたのだ。

「だから、俺のものっていう印」
「なんでこんな目立つ所・・・って、それ以前につけなくてもいいでしょう?」
 なんせ自分が寝ている間に付けられていたのだ。
 さすがのも怒るというものだ。


「明日から何着ればいいのよ・・・」
 自分の胸の辺りを見て、考え込むを横目にトレインは眠そうに目を閉じる。





「夏にかけて薄着できないじゃ・・・って、
トレイン!!!!




 放たれた意識を掴むこと虚しく、トレインはバタッと倒れこんで眠り込んだ。













「・・・もぉ・・・・・・」


 残されたはどうしようもなく、余った左手の銃をホルスターにしまった。

「そうだっ!」
 突然悪戯心が芽生え、はそっとトレインの体の上に体重をかけた。


「仕返しだもんねー・・・」


 起きないように静かに呟き、そっと彼の唇に重ねた。






 触れるだけの、優しいキスをして、そのままは眠ることにした。






 春、少しひんやりした風が気持ちよく吹く時、とトレインは仲良くソファに座っていた。
 窓が開け放たれ、穏やかな光とともに風が入る。

 の体重はトレインに寄り添い、無防備に眠っている。



「・・・眠れねェ・・・確信犯か?コイツ・・・・・・」

 すやすやと無防備に眠るの顔をみながら、トレインは呟いたのだった・・・。


 ある意味、仕返し成功?